第22話
王宮を出ると、ようやく隣を走っていた防衛長が口を開いた。
結界から解かれ、身体の力が少し抜けたのだろう。
「貴様何者だ」
「勇者だけど? でも、別に魔物が嫌いとかじゃねぇから安心しろよ」
「…勇者だと…」
そうだよというように、にっこりとほほ笑んでやる。
どうしてこの魔物がこの土地にいるのかが気になる。そして、どうして防衛長なんかに。
しかし、ルーフォンやユンヒュがいる中、そんな話をするわけにはいかず、後ろを振り向きルーフォンを見る。来いという命令に気付いたのか、ため息をつきながら近寄ってくる。
「どうした」
「悪い。ユンヒュと一緒にあいつ(アマシュリ)のところに…。一人じゃかわいそうだ」
「…わかった」
何かが気に食わない様子だった。しかし、何かの意図に気づいてくれたのだろう。ルーフォンは文句を言うユンヒュを引きずる様に、この場から離れて行った。
俺が魔物だと気づいていれば、考え込ませることはないのだろうが、今はアマシュリが魔物だと言うことを受け入れてくれただけで十分だ。
心の中でルーフォンに礼を言ったのち、再度防衛長のほうへと向きなおした。
「どうして防衛団の中に?」
「関係ないだろう」
「あるよ。先ほどの王宮内には強い魔術で結界を張られている様子がある。その中に、堂々と立っていられた姿が勇ましく思えてね。しかも、国王は君の本来の姿に気づいていないとなれば、気になるもんさ」
「その辺の低級魔物と一緒にされては困る」
「一緒にはしてない。名は? 俺はシレーナ」
「キーツ」
さっきから一方にこちらの質問に答える様子がない。
元々短気気味な俺にとっては、今ここで怒りだしたっていいところだというのに、必死に心の奥底で暴れようとする何かを抑える。
とりあえず、国王の命令で動かなければならないということを思い出し、考えもしていない道を歩き出す。
「で? どうしてこの街に滞在している? 思い入れがあるのか?」
「別に。ここを護りたいわけでもないしな」
「へぇ。でも、必死に護ってやってるじゃねぇか。長にまでなって、危険を承知で魔法を使用しているんだろう? しかも、四六時中」
「必死ってわけでもない。実際さっさとこんなところから出たいんだ」
「じゃあなんでやってるんだよ」
言ってることとやっていることが一致しない。
何を考えているのか分からないこの男。キーツに、ついつい首をかしげてしまう。
実際、周りから見たら「魔王が勇者に?」というのも、十分わけがわからないのだろうが。
「なぜ勇者にそんなことを伝えなければならない」
「まぁ、そういう答えが普通か」
考えてみれば、街を破壊するためとか、国王を殺すため。とか言う理由を勇者に伝えたとしても、邪魔をされてしまうのはわかりきっていることだった。
勇者という実感がいまだにつかみ切れていないからこそ、そこまで思考が働いてはいなかった。
「じゃあお前はなぜ勇者になった」
キーツから口を開いたかと思えば、足を止め、きちんとこちらに向きあってくる。
魔物探しをしなくていいのだろうか? 先ほどから話しかけてしまっていて、言える立場ではないものの、キーツから話しかけられたらかけられたで、疑問になってしまう。
「なぜ…か。気に食わなかったから」
「は?」
「気に食わなかったんだよ。この世の中が。魔王を討伐するよりも、国王をどうにかしなきゃと思ってね。だって、魔王を倒せって言う話だけど、魔王を倒したところで次の魔王が現れたら、またその魔王も倒さなきゃいけないんだろう? 命がいくつあってもたりやしない。そんなこと続ける意味もない。だったら、魔王と国王が同盟を組めばいいんじゃないかって。お互い干渉せず、仲良くやっていきましょうって」
「話し合いか。甘いな」
「知ってる。でも、やってみないとどうにもならないだろう? お前も来る? キーツ」
「で。どうしてこんなことになってるんですか?」
「いや、なっちゃったものは仕方がないんだって」
とりあえず、アマシュリの元へと戻ることにした俺は、その帰路怒られない言い訳を必死に考えた。が、あまり考えることに長けているわけでもない為、素直に説明した方が手っ取り早いと解決させ、キーツの話をした。
魔物だと言うことを伝えた際に、ユンヒュは相当驚いていた。ルーフォンも、気付かなかったと。面倒な相手かとは思っていたが、まさか…。と驚きを見せていた。
ルーフォンとユンヒュだけで宿に戻ってきたとき、アマシュリはいやな予感だけはしていたと、冷静に言われてしまった。
そのあと、成り行き上一緒に旅することになったと伝えると、驚きよりも、ユンヒュ以外は諦めモードに入ってしまっていた。ユンヒュはユンヒュで、もちろん最後まで文句を言い続けていた。
身体がだいぶん結界に慣れてきたアマシュリは、ある程度は自由に身体を動かせるようになってきていた。そして、二人っきりになり話したいことがあると言われたものだから、アマシュリと二人で買い物という名目で外に出た。
「なっちゃったものはって…。だって話の流れからして、キーツが一緒に来るって言ってきた理由が分からないんですって」
「ノリで誘ったら」
『それもいいかもしれないな』
「って」
「勇者がどうのって言われたんですよね?」
「言われた」
「なのに…。まぁ、そこは僕が言えた事じゃないですけど」
なのに魔物として勇者についてこようとするのか。と、言いたかったのだろう。
こういう会話は、出来ればテレパシーで通じあいたかったのだが、残念ながらテレパシーを使うほどの元気がなかったため、外に連れ出すことしかできなかった。
でも、確かに勇者がどうのって言ってた割に、誘った後の返事に抵抗が見当たらなかった。
実際、防衛長なんて良い地位にいたら、それ相応の金額が手に入っているだろう。しかし、勇者は別に営利的なものが発生しない。要はボランティア団体に近いくらいだ。しかし、諸経費は税金で賄われているというのも現実。損は少ないだろうが、賭けるものが大きすぎる。
「それより」
「ん?」
「城から持ってこさせたあの本は…。どこにあったのです? なにを…何を企んでいるのですか?」
「企む? ひどい言いがかりだな。自衛のためだよ。今後このメンツで進んだところで、大きい壁があるかもしれないだろう? 予備だよ」
「しかし、あれは…」
「無理じゃないよ。ただ、発動させるには相応の魔力が必要なんだ。発動できる魔物がそういなかったからだと思うよ…」
「しかし…」
こんなにもアマシュリが“あの本”で突っ込んでくるとは思わなかった。
“あの本”に書かれていたことは、相当な魔力と技術、精神力が必要となっているものだろう。魔物で使用する者を見たことがない。いや、実際はそのようなものなら一度見ている。
本当に“それ”だったのかは定かではないが、それに近いものを父が。亡くなった父が発動させていた。あの父でも、発動後は相当の疲労が見られた。それでもかっこいいと思い、恐ろしくも思えた。
その日の夜、魔物を見つけることができなかった旨を国王に伝え、その場で防衛団を抜けてきた。
いろいろ面倒な書類だったり、無駄な引継ぎ等があって、なかなかすぐには出てこれなかったみたいだが、他の魔導師により再度その区画の結界は張られ、疲れた様子でキーツは帰ってきた。しかし、その疲れた様子のまま、出かけるところがあるといい、またすぐに出てしまった。
一体どこに寄るところがあるのだろうかと、尾行したいのは山々だが、必死にその感情を抑え、眠りに就こうとした。
しかし、その睡眠はテレパシーにより、目覚めさせられる羽目となった。