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満月ロード  作者: 琴哉
第1章
21/67

第21話

 

 旅の再開。

 魔王の隠れていた無駄な器用が現れた。

 でこぼこ道を歩きながら、本を読む。しかも、きちんと転びそうな石や小枝、ちょっとしたへこみなどに気をつけているところが、何かムカッとくる。たしかに、転ばれて“本体”に怪我をされては困る。だからありがたいにはありがたいのだが、その器用さを利用して、なんかもっとこう、魔王の姿でありながら、シレーナの身体をきちんと動かし、しゃべって対応してくれるくらいのことをしてほしかった。

 しかし、一体何を読んでいるのだろうか。

 “魔法と魔力”とか書いてあったが、魔法が苦手な魔物が読まされる本だ。相当古いし、幼いころに読んだことはあるが、本当に基礎的なものが書かれていた。手に入れようと思えば、簡単に手に入る代物だと言うのに、どうしてわざわざ魔王直々に持ってきたのだろうか。ヴィンスに持たせてくるなり、俺を呼びつけたりすればいいというのに。しかも、あんなにも真剣に読み耽っているなんて。


(おかしい)

 

 そうとしか思えなかった。

 俺の隣を歩いているルーフォンでさえ、怪訝な表情でシレーナの後ろ姿をのぞいていた。さらに後ろにいるユンヒュは、いろんな意味で不思議そうに歩いていた。

 きっと、ルーフォンとユンヒュが共通して感じているのは、どうして人間であるシレーナがそんな本を読んでいるのか。しかし、ルーフォンはもしかしたら今後魔物に対しての対策か何かを打つためだろう。と、いい方向に考えてはくれるだろうが、ユンヒュの視線が痛い。

 向けられているところが俺のほうではないのがよかったと思えるところか。

 再度シレーナが持っている本を見る。何ページ残っているのか。先ほどから速いペースでページをめくっていたから、もうそろそろ終わるかなと想像していた。その想像通り、残りが数ページしかない。


「あいつ、読書家だったのか」

「いや、読書が一番嫌いだった気がするんだけど…」

 

 呆れたようにルーフォンが口にする言葉に、嘘をつくことなくため息交じりに答えて見せた。

 だろうなと言わんばかりにルーフォンがため息をつき、シレーナから視線を外した。そして向かった視線は魔物の土地の方向だった。

 いま俺達が歩いているのは、魔物の土地に面している部分の街から回るみたいで、歩く道も、できるだけ魔物の土地沿いを歩く。そのため、魔物に遭遇する回数が多い。が、遭遇したところでシレーナは立ち止りはするものの、手を出す様子がなかった。

 その代わりと言わんばかりに、ルーフォンや俺がフォローしてはいるものの、敵の攻撃をよけることしかしなかった。最初はそんなシレーナに文句を言ってはいたが、何を言っても「あーわかった」としか言わない。興味がそちらに向かっているのだろう。しかし、あと数ページ。あと数ページ分我慢すればいい。

 怒りを我慢しながらも、そっと目をつむる。

 今のところ魔物の気配がしない。いや、なんだか先ほどから魔物の気配がどこからもしなくなっていた。するのはシレーナのかすかな魔物の気配のみ。もうそろそろ街に着くのだろうか。

 街によっては、強い魔導師達が結界を張り、そう簡単に入らせないようにしている街もあるという。

 ただし、技術が必要となるため、あまり普及していないのが現実だ。だからこそ、魔物の被害にあう街が多い一方だった。

 実際今、俺はルーフォンの隣で歩いているところからして、結界が張られている様子がない。少しの結界でも、低級魔物である俺が反応し、歩くのがつらくなる。結界によっては、一切足を踏み入ることができない。

 今後そのような結界が張られている街に行くことになったら、シレーナは俺を置いていくつもりだろうか。シレーナ。いや、魔王はそこらの結界に左右されるような低級魔物ではない。自称中級魔物とよくシレーナは笑いながら言っているが、低級魔物である俺からしてみれば、上級だろうとおもう。シェイルもそう言っていた。

 本を閉じる音がした。

 ようやく読み終わったのだろう。足を止め、両手で本を挟んで何かを考えている。


「読み終わったのですか?」

「あぁ」

「ところで、どうしてそんなものを読んでいたのです?」

「はい」

 

 前を見たままのシレーナを、覗き込むように見ているというのに、視線は一向にこちらを向きそうになかった。手渡された本の表紙は、やはり“魔法と魔力”という魔法が苦手な魔物用の書物だった。

 この本にだけ特別なことを書かれている物なのかと、適当にページを開いてみると、一瞬手が止まった。そして、後ろにいる人間二人に見られないうちに、パタンと両手で本を閉じる。


「これ…」

 

 二人には聞こえないような小さな声で、つい、驚いてしまう。

 何から聞けばいいのか分からず、シレーナのほうを見上げる。

 ずっとこの書物を、覚えるかのように見ていたのか。一体。


(一体…何をお考えなのです…? 魔王)

 

 

 

 

 

 

 

 



「お主が勇者か」

 

 あれ以降、ほぼ放心状態に近かったアマシュリに本のことは何も言わず、次の街へとたどり着いた。

 街には低級魔物が寄りつきにくい結界が軽く魔術でかけられており、アマシュリはその具合の悪さに耐えかね、宿をとってベッドに横にさせた。

 一人にしておくこともできず、ルーフォンとユンヒュどちらを置いておくか聞くと、どちらもいらないと言われてしまった。ユンヒュといるのもいやだし、ルーフォンといるのもいやだ。何かあっては困るとは思い、アマシュリが許せる。もしくは、安心するような人間。もしくは魔物を仲間にしておいた方が、今後役に立つだろうと、いろいろ考えながらも、国王の元へと足を運んだ。


 この街は、唯一魔物の土地と面しているというのに、一国の王が立てられている珍しい街だ。だからこそ他の街よりも人口が多いし、魔術に長けている者たちが多いらしい。

 区画に分けて、魔術師や魔導師と呼ばれるものが結界を張っていて、他の魔物の土地に面した街よりは安全な街だと言う話だ。

 やはり、区画によって人が違うため、結界の張り具合が違う。魔導師が行っている区画は、住宅が建ち並ぶ区画と、国王が活動する場所。魔術師が行う場所は、露店や商店街だ。なので、アマシュリは一番結界が薄い、商店街に面する宿をとった。


「はい」

「話は使いの者から聞いていたし、写真も見たが、本当に幼い。しかしあの闘技場にて優勝したとなれば、それ相応の能力はあるのだろう」


(要は認めたくないってことかよ。まぁ、闘技場もルー以外そんなに強くなかったしな)

 

 国王とアポイントメント…アポをとっていないということで、暫く会議室のようなところで待たされた。

 どんな風貌をしているのか気にはなったが、見張りみたいな男が扉の所に二人立っていたから、そんな話もできず、ただ黙々と座り続けていた。

 王宮だからこその金だらけの家具や壁。

 今座っている椅子だって、背もたれが長く、肘掛けなんか、肘を乗せていてもいたくならないように、クッションのきいた赤い布に、金の線が入っているような柄。背もたれも、赤と金で“龍”をイメージさせられるような図柄だ。


 金がチカチカする。


 王宮に入ってからの感想は、そればかりだった。

 しかも、王宮だからこそ魔術で張られた対魔物の結界は、結構身体にくる。

 低級魔物ではないと言い切れるが、そんなに上級な魔物でもない俺にとって、結構な体力の消耗だ。そんな中で数十分も待たされた挙句、いきなり“幼い”なんて言われたら腹も立つ。


「剣術はそんなに得意ではありませんが、ルーフォンがそれらを補ってくれます」

「では、魔術ではその魔導師が? それじゃあ君が勇者よりも、周りの仲間が勇者っぽいのじゃ意味がないのでは」

 

 ハッハッハッと、わざとらしい笑いを口にしていた。

 そう。別にそれでいい。弱い勇者で全然問題ない。最初の印象は、それくらいで十分だ。


「はい。体術には長けている自信はあるものの、それだけでは到底魔王にはかないません。なので、魔物を集中的に狙うのは最初から考えてもいません」

「…ほぉ。じゃあ何のための勇者だ? 我らは魔王を討伐していただきたいのだが」

「ではお聞きしますが、魔王を討伐したとしても、魔物の全てが抹消するわけではない」

「わかっておる」

 

 体格のいいおっさん風な国王は、野太い声でそう返事をしてくる。

 イライラしている様子から、そんなこと遠の昔に知っておるわ。と言わんばかりの口調だった。


「魔王を倒したところで、別の魔物が魔王となるだけ。イタチゴッコです。ならば、魔王と同盟を結び、争いを徐々に失くしていく方が確実かと」

「バカバカしい。魔王と同盟を結ぶことなんか無理にきまっとろうが」

「それは誰かが行った現実でしょうか?」

「行わなくとも目に見えておる」

「目に見えていたとしても、行って失敗した事例がない。行おうともしなかった。違いますか?」

 

 最初は城の皆が言う“魔王らしく”を実現するため、各地を回って有力者を潰しにかかろうと思っていた。

 嘘ではない。ただし、闘技場でルーフォンと戦った際に行われた、一国の王が魔物と手を組み、無意味な殺戮を楽しもうと思っていた姿を見てわかった。


 人間だって、殺しを楽しもうとしている。


 なのに、魔物を悪い者扱いしているのは、どうも腑に落ちなかった。

 子供みたいな反論に、所詮子供と呆れた様子を見せる。しかし、この一室の外から人が走ってくる音がした。相当急いでいる様子で確実に近づいてきていた。何事かとつい扉の方に目を向けると、重い扉にノックが入る。

 扉の前に立っていた男二人のうち片方が、扉を開け、何事かと話を聞いていた。

 何を伝えているのかまではわからないが、聞いた一人が驚いた様子を見せ、怪訝そうな表情をしている国王の元へと寄り、耳元で何かをささやく。きっと、こちらに聞こえないようにという意味なのだろうが、その頑張りは馬鹿な国王によって意味を失くした。


「なんだと! 魔物が忍びこんでいると!」

 

 その言葉に、ルーフォンと俺が反応する。ユンヒュはユンヒュで眉間にしわを寄せ、何かを考えているようだった。

 何を考えているのかと不思議には思ったものの、今それに触れることはできない。


「忍びこんでいるというのは王宮に…でしょうか?」

 

 口を開いたのは俺だ。

 魔物が何処に忍び込んだのかが気になる。忍びこむと言うのだから、王宮に。というのが一番最初に頭に浮かびあがった。


「いえ…。この街のどこかに…」


 扉の近くに待機していた、ノックをした最初の報告者が、申し訳なさそうに口にした。

 この街のどこかに。つまり、アマシュリか俺の可能性が高い。もしくは他に魔物が現れたか。どちらかといえば、後者の方がありがたいのだが。


「その区画の防衛長を呼んで来い!」

「はっ」

 

 乱暴に国王は命令し、報告者はすぐにその場を離れた。

 できれば俺も離れたかった。もうそろそろこの結界内にいるのは限界に近いし、アマシュリのことも気になる。確かに、どの付近で魔物が現れた様子なのかを知りたいのは本音。でも、無理をする必要はない。

 葛藤しながらも、その場に立ち止まったまま口を開く。


「ユンヒュ。魔術で作成した結界は、魔物が侵入したか分かるものか?」

「いえ。壊された場合は気付きますが、侵入した場合には気づかぬ」

「じゃあ、どうして魔物が入ったことがわかった?」

「それを先ほどから考えておるのじゃ。しかしわからん。魔法で作り上げた結界やバリアの場合は、わかると言う話も聞いたことがあるが魔術でとなると…。最初に見せた拘束魔術にしても、捕まえたという感覚がわかるわけではない。実際に拘束されているものを見て、あれは魔物だとわかるのであって」


 ユンヒュがどれだけの魔導師なのかまではわからないが、最初に見せた拘束魔術を持ってしても、魔物だと言うことが感じられないのだろう。

 何せ、魔術は身から発しているものではない。魔力で作り上げられた魔法というのは、手を伸ばして触れたものが分かるような感覚と同じだが、言葉で作り上げられた魔術は、口から息を吐いて、その先にある物に当たったかどうかは、身体では分からない。

 それと同じ原理なのだろう。

 ではどうして今の報告者はわかったのか。

 ぶつくさと何かを言っている国王の近くで、ただ黙って考え込んでいた。

 そう待たずと、国王が呼んだその地区の防衛長と呼ばれる者が現れた。その瞬間、この謎がようやく解けた気がした。


「国王。申し訳ございません、魔物が侵入してしまったようです。兵を総動員し、探し出しております」

「どこにおるのかわからんのか!」

「申し訳ございません。そこまでは…」

 

 口ごもるその男は、冷たい男に見られがちな細い目。その中には赤い瞳が見え隠れしていた。髪の毛は長くはなく、動くのに邪魔にならない程度の長さ。前のほうは耳のかけ、後ろ髪はそのまま後ろに流すように、整えられていた。

 細い身体に、身長は高いルーフォンよりも、若干高めに見える。パッと見たところでは、普通の人間にしか見えない。しかし、この男は紛れもなく俺やアマシュリと同じ、魔物だ。

 つまり、魔術ではなく魔法で一画を護っていたということか。

 人間と魔物が同盟を組めるわけがないという国王が、大事な街の一画でも、防衛長という名を魔物に与える者なのだろうか。もしそうだとすれば、もう少し話に積極的だった気もするのだが。

 しかし、この魔物は人間の姿に化けている。それくらいはわかる。低級魔物に気づかれないくらいの能力しかなさそうだ。


「すぐに見つけ出し殺してしまえ! 魔物は一匹たりとも許すな!」

「御意」

 

 魔物である以上、この場にいるのは辛いのだろう。その命令を待っていたかのように返事をし、すぐにその場を離れようとしていた。見ているだけなんてできず、つい身体が動いてしまう。


「私たちも行くぞ。黙って見ておれん」

「あぁ」

 

 黙って見ていたルーフォンもようやく口を開き、その防衛長を追い、その一室を出て行った。

 小走りに進む防衛長は迷うことなく廊下を進み、王宮を出ようとする。しかし、出る前に話しておきたいことがある。後ろにいるルーフォンに、少し距離を置いて歩いてくれと伝え、すぐに防衛長の右斜め後ろを確保する。

 そして、その者にしか聞こえない声でソッと呟く。


「あんなに魔物嫌いな国王が所属する防衛団にどうして。しかも長だなんて大したものだな。魔物の割には」

 

 そう言った瞬間、その男の足が止まった。

 ゆっくりとこちらを見るなり、何者だと言わんばかりに睨みつけられる。

 にっこりとほほ笑んだ顔はなかなか解けず、ただじっとその男を見つめ続けた。

 少しの間、空気の流れが止まった気がした。しかし、このまま立ち止まっているのには、身に危険が感じられる。


「ほらっ早く魔物を探しに行くよ」

 

 先を歩きだしたのは俺だった。その後ろから視線を感じながらも、しっかりとその場から離れる。


 

 

 

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