第15話
「仲が良いんだな」
「え?」
ルーフォンとともに、街を徘徊する。
旅路で必要そうなものを、ルーフォンの指示のもと買い求め、いろいろな雑貨店に出向いては、いろいろ説明を受けつつ、必要そうなものを袋に詰めていく。そんな最中、ルーフォンが口を開いたセリフが今の言葉だった。
何のことかと、見上げながらも首をかしげる。
「ヴィンスと」
「まぁね」
「あと、姿が可愛くなったって言ってたけど」
「あぁ。あいつは元の姿だと、魔物の中では知る人ぞ知る魔物だからな。あぁやって姿を変えて人間の土地に足を踏み入れてるんだ。そうする魔物はその辺にいると思うぞ」
この街もそうなのだが、たまに見かける人間の中には、魔物の姿も少しだが見かけられた。
一見わからないのだが、レベルが低い魔物は、魔物という“臭い”までは消せないみたいだ。ただし、人間にまぎれる魔物は、別に人間を殺めようと思うものはない。ただ、買い求めているものが人間のところでしか手に入らない場合だったり、人間の中に良いやつを見つけて仲良くなっていたり。
魔物すべてが悪いやつというわけではないのだ。
「アマシュリも元の姿があるのか?」
「んーどうだろうな。会ったときからあの姿だったし」
「そうか」
ヴィンスと会えてあまりうれしくないのだろうか。
扉のところで会った時は、すごくうれしそうに開けていたのだが、魔物なんだと目の前で表された時、今までヴィンスを思っていた気持ちが変わってしまったのだろうか。
人間だし、魔物嫌いというのもあって、当たり前なのかもしれないが、戦闘に入らなくて良かったとは思う。
初めてルーフォンにあった時なんか、魔物はすべて敵。という感じを出してたから、アマシュリが魔物だとばれないようにはしていたものの、アマシュリが魔物だとばれ、助けてくれた恩人も魔物だと知り。それでも、手をかけようとしないのは、最初よりは何かが変わってきてくれた証拠なのだと思っていた。
しかし、人間の土地で買い物をするとそれなりにお金がかかると思っていた俺は、勇者だとわかるバッチを渡されていたおかげで、それを目にした店の人たちは、表示価格よりも下げてくれたり、物によっては無料で提供してくれたりするところもあった。
今のところ買い物には影響がないものの、外れで会った魔導師に会ってしまわないかが不安になる。
「そういえば、俺に合う宝石探してくれるって言ったよな」
「あぁそうだったな」
宝石店にさしかかり、夜中に行った約束の事を口にする。
きちんと覚えていたのか、あきれたようにほほ笑んで店の中へと入っていく。
中は一つ一つの備品がきれいにしており、建物のつくりが、一見茶色をイメージさせられる。
商品である宝石は、いろいろな形をしていて、一般の人が触れないように、鍵がかかっているガラスのショーケース内に納められていた。
中には、魔導師がロッドに使用していたような、手の平サイズの宝石も売っているようだ。
「大きければ大きいほどいいのか?」
「そういうわけではない。自分に合ったものでなければ、意味をなさないからな」
「ふぅん。合う合わないってわかるもんなのか?」
「まぁ、使ってみたり触れてみてだけどな」
要は見た目では分からないということか。
確かに、“人魚の涙”といわれている、このネックレスも大きいわけではないし、手の平サイズなんて物でもない。言うならば、ペットボトルのキャップくらいの大きさだ。それが言い伝えになるほど素晴らしいものならば、大きさなどあてにできないというのは納得できる。
但し、所持しているのに別にこれといって増大されている気もしないのだが。
「でも、ショーケースに入ってて触れねぇよ?」
「これは一応盗まれないようにだよ」
「どれをお取りになりますか?」
あきれるように言うルーフォンは、何か目ぼしいものを見つけたのか、店員を呼んで鍵を開けてもらった。何かを話し、指定して取り出してもらうと、触ってみろと俺に渡してくる。
渡されたものは、透き通った、白に近いピンクを輝かせる小さなガラス石だった。
光に当ててみたりするが、特別何かを感じたりはしない。
あまり良いのかどうかよくわからず、首をかしげてしまう。
「それはローズクォーツといわれてるものだ」
「ふぅーん…」
「あんまりか。何かパッと見て引かれるものはないか?」
落とさないように、その宝石を店員に戻すと、あったところへと戻し、ショーケースの中にしまっていた。
まだ見るとわかっているからか、鍵を閉める様子はなかった。
ルーフォンが何かを考えながら宝石を見つめている。何を考えればいいのかはわからないが、俺も何か引かれるものがないか探してみる。
「んー…」
適当に歩きながら、いろいろな色をした宝石に目を通す。
特別パッとするものがない。それはきっと宝石店ならどこでもそうなのだろう。
最後の列を歩いていると、何かこれ見よがしに光っている石があった。気になりその場に足を止めてみる。
ケース越しに見ていても、店の光を反射させ、その宝石だけが光っている。しかも、他に同じものがあると言うのに、ある入れ物の中に入っている、ちょっと奥まった部分にあって、端しか見えない宝石。その一個がどうもきになる。
「ルー。これ」
「どれだ?」
店員さんも、開けていたところに鍵を閉め、ルーフォンの後ろについてきた。
指をさしていたところのカギを開け、入れ物を取り出してくれる。
「その中にある、二個くらい下に埋まってるやつ」
「これですか?」
言われ通り、二個くらい下の物をとったが、その隣のものだった。
今崩れたやつと言い、その付近のものを数個取り出し、どれかを示す。それを手にして見ると、その宝石から何かが流れてくる。
先ほどのローズクォーツと言うもののように、丸みがあまりなく、位置により濃い紫と薄い紫が入っている、薄く角ばっているものだった。八角あり、縦に長いもの。
「クンツァルトか」
「くん…なに?」
「クンツァルト。他の宝石みたいに裸体でアクセサリーにはしない宝石だ。何かに入れて、日光や熱から避けなければいけないものだ。その石にこだわってたみたいだが」
「うん。なんかこれが一番光ってみえた。それになんか、触れた時…」
「じゃあそれだな。だいたい宝石の見つけ方がわかっただろ? 同じ宝石でも、人によって合う合わないが違ったりする。効果はあまり変わらないが、合うものを選んだものが最適だ」
ルーフォンは、いろいろ説明してくれたが、半分理解できずに会計を終わらせていた。
クンツァルトに合う入れ物も一緒に買ってくれたみたいだ。
茶色い革製の紐で、宝石は、その間にある、特性ガラスの中に埋め込まれた。その革紐を首に巻き、後ろできつく縛ってくれる。その時、“人魚の涙”のチェーンは、服の下に入っていて丁度見えなかったみたいで、何も言われなかった。
宝石が入っている特性ガラスは、日光から宝石を護ってくれるみたいで、強い衝撃にも耐えられるみたいだ。
しかし、この宝石を身につけてからというものの、なんだか具合がよろしくない。たぶん、ずっと変身の魔法を使用し続け、疲労がたまってきているのだろう。胸元がなんだか苦しいのだ。
心臓を何かに握りしめられているかのように。
そんな時、目の前に見覚えのあるローブ姿の男が立っていた。
「おや? お主たちはあのときの」
「げっ…。なんでお前がここにいるんだよ」
「ここに宿をとっていてな。もう一人の子供はどうした」
「宿で休んでるよ。お前の所為だ!」
あの魔導師だ。
最悪な奴の再開に、ムカムカしていた苛立ちをその魔導師にぶつけてやる。
しかも、見た目が子供っぽいからと、アマシュリを子供扱いする口調にも腹が立つ。お前は口調が爺さんっぽいんだよ。そう怒鳴りつけてやりたかったが、今ここで争いになるのは面倒だということで、必死に怒りをこらえた。
「…お主…! 勇者であったか」
驚いて目をまん丸にしている。
ざまぁみやがれ。と思ったが、どうして今頃気付くのだろうと思い返してみると、旅中は上着を羽織っていて、バッチが見えなかったからだろう。だから魔物も、勇者がどうのという会話にならなかったのだろう。
バッチの威力は宝石よりも強いのではないのだろうかと、だんだん宝石よりもバッチを意識する。
「勇者であったよ。だからなんだ」
「何故勇者が…」
魔物と一緒にいたんだ。
そう言いたいのだろうが、あまりの驚きにその先の言葉が発せられない。
いや、発せられないのではなく、発することを許されないのだろう。俺はにっこりとほほ笑みながら、その先の言葉を楽しみにした。
声を出したくても出せない。
魚のように、口をパクパクしている。
当たり前だ。サイレント魔法でしゃべれなくしてやっている。今後もそれを口にされると面倒ということで、『勇者の連れに魔物がいる』という事実をしゃべろうとすると、サイレントにかかり、文字や他の行動により事実を伝えようとすると、動けなくなるという呪縛魔法をかけてやる。これは、俺が死するか解除するかのいずれかが行われない限り、治ることはない。
「勇者がどうかしたのか?」
いきなりしゃべらなくなったことにルーフォンが、眉間にしわを寄せ、怪訝そうに冷たい口調で聞く。
どうしたんだろうねと、一切関与していないように、ルーフォンに向かって俺も呟き、二人で目を合わせて首をかしげた。
「悪いけど仲間が待ってるし、俺ら行くからね?」
ため息をつきながら、その魔導師の隣を二人で横切ろうとしたその時、いきなり魔導師は俺の腕をつかみ、キッと睨みつけてくる。
「お主、我に何をした」
(だから見た目と違って口調が爺さんっぽいってば)
笑いをこらえながらも、怪訝な表情をして腕を振り払う。
「何のことか分からないけど、自分の症状を人の所為にするのはよくないよ」
あきれるようにため息をつきながらも、ルーフォンの腕を引っ張り先へと足を進めようとした。が、そうも簡単にはさせてくれない。
背を向けた瞬間、いきなり固い何かで背中を殴りつけられる。
不意をくらった俺は、そのまま前に倒れこんでしまうのをルーフォンに支えられ、何とか立ち直りすぐに振り向いてみると、持っていたロッドが振り下ろされている。そのロッドで殴りつけたのだろう。
「なっ何をするんだ!」
「うるさい! お主こそ我に何を!」
「何のことかは知らんが、いきなり殴りつけるなんて卑怯じゃないのか? しかもわけのわからない言いがかりをつけて…」
ようやくルーフォンがそう言い返し、喧嘩腰になった。
今まで黙っていた理由を聞きたいが、穏便に済ますには、あのまま退散したほうが良いと思ってはいたのだろう。
背中を痛めた俺を引かせ、一歩前へ出る。
「言いがかりなどではない! あのガキの事をしゃべろうとしたら声が出んのじゃ!」
「出てるじゃないか。わけのわからないことを…。すまない誰か警備の者を呼んでくれないか?」
街の人にルーフォンはそうお願いし、勇者のご同行の者ということで、近くにいた人が、数人その場から立ち去った。数度うなずいていたから、呼んできてくれるのだろう。
有り難い。
「なっ! 我が悪者か!」
「どう考えてもそうにしか考えられないが? こちらは何もしていないというのに、いきなり殴りつけておいてそちらが被害者か? ばかばかしい」
「ふん! 今に見ておれ!」
そう言って、警備の者が来る前にその場から退散してしまった。
いっその事つかまってしまえばいいのにと思いながらも、後から来た警備に、どのようなことがあったのかを説明した。見学していた人たちの証言のおかげで、よりこちらが被害者だったというのが分かった。
だが、実際のところ、あの魔法をかけたのはこちらなのだから、こちらも悪者へと足を一歩踏み込んでいるようなものだ。
先ほどあったことを、戻った後ヴィンスとアマシュリに話すと、ヴィンスは始末しに行こうとし出すわ、アマシュリは謝りだすわで、二人を鎮めるのにルーフォンと俺は必死になってしまった。
二人がこんなにもしゃべりだすとはさすがに思わず、怒っていた気持ちすらルーフォンと俺には消えてしまった。
しかし具合が悪い。
きっと疲れているからだと自分にいい聞かせ、ルーフォンたちには言わなかったが、ベッドに横になった瞬間、まだ寝るつもりまではなかったものの、そのまま夢の中へと入ってしまった。