ヒカリと人生の続き(出会い、光の内側、メディテーション)
「ねえ、私、妊娠したみたいなの」
そう言って、自ら死を選んだミサキ。
彼女の死は、新興宗教ナリモア教団が深く関係していた。
「僕」はナリモア教団への復讐を決意する。
工事現場で働いて金を稼ぎ、体を鍛える。
憎しみはどこまでいっても消えない……。
だけど、彼は自分自身を憎み始めていた。
ある日、僧の言葉が彼の心を射抜く。
「火が燃えとる。それも他人にはわからない静かな死をイメージさせる青白い火や。煩悩やわな、言うなれば」
そして、彼は自分もまた死に向かっていることに気付く。
たまたま仕事は夕方4時に終わった。僕はその日、夕暮れ前の公園でヒカリに出会った。ヒカリは5歳の少女だった。
彼女は、ナリモア教団の信者の娘だ。彼女自身も信者の印を胸につけていた。小さなステンレスのバッチだ。
だけど、まだ教団の教えに洗脳されてはいないようだった。
彼女は人懐こそうに僕に近づいてきた。
しかし、今更、こんな小さな子となにを話せばいい?
僕は、こんにちは、と言った。彼女が笑うと小さな八重歯が顔を覗かせた。
「あのおねえさんどうしたのかな?」
ミサキのことだろうか。彼女は知らないのだから仕方ない。この世にミサキは存在していないことを。
だけど、その言葉はなぜか僕の心を癒やしてくれた。まだミサキのことを「現在」として捉えてくれる人がいるのだ。
待てよ、と僕は思った。ヒカリはまだ五歳だ。ミサキが亡くなったのは五年前。この子がミサキのことを知っているはずがない。それなら一体なぜ?
その時、錆びついた運命の歯車が動く音を僕は聞いた。
「どうして、ミサキおねえさんの事を知っているの? 誰かから聞いたのかな?」
腰をかがめ、僕は、ヒカリに尋ねた。
「あたしが赤ちゃんの頃、夢によく見たのかな。人に聞いたことはないよ」
夢と聞いて僕は真っ先にミサキが言っていたことを思い出した。光の玉がミサキの中に飛び込んできた。あの鴨瀬川での会話。
「あたしね、産まれる前はミサキお姉ちゃんのお腹の中にいたの」
僕の背筋に雷が走った。
これはどういう種類の奇跡だろう。自分の心が本当に何年振りかに何かを求めているのがわかった。この子ともっと話をしなければ。
近くにアイスクリームの自販機があったので、チョコミントを買い、ヒカリに手渡した。ヒカリは軽く会釈をして美味しそうにアイスクリームを舐め始めた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「いいんだよ。それよりヒカリちゃんは、ミサキおねえさんのお腹の中にいたと言っていたけど、それははっきりと覚えてるの?」
ヒカリはアイスクリームを舐めるのをやめて、何かを考えていた。
「確かな事は一つだけ。私の今のお母さんは本当の私のママでは無いってこと。ミサキお姉さんがお母さんなんだ」
僕は、事の展開についていけてるのか不安もあったが、ミサキの言ってたこととヒカリの言い分は見事に符合させる事ができた。
「君はどこから来たんだ?」
僕の声は少し震えていた。
「ミサキがね、言っていたんだ。自分に宿った『光』がこの世界を救うって」
「私は光の中からやってきた。この世界は光の外側にあって、だから悲しみが多いの。あなただって沢山傷付いて沢山苦しかった」
僕よりもミサキの方が苦しかったに違いない。そう判断できる僕は、苦しく傷ついているのだろうか。
「どうすれば光の内側に入れるのかな」
「確かな事は一つだけ。お姉さんみたいに死ねば光の外にはいないですむ」
「僕は、まだ死にたくない。他に方法があるんじゃないかな」
「メディテーションかな」
彼女は、やはり5歳の普通の女の子ではないらしい事を僕は、根拠を持ちながら判断した。
僕はこの少女と定期的に会いたい、と思った。
それはグルに出会えたという感覚に近いかもしれない。この年齢なのだから、連絡先を聞くわけにもいかない。だけど、少女は日曜に必ずこの公園に来ているようだった。それなら、たまに会うことはできる。
僕の内に燻る憎しみ、そして死にたくないという思い。
永遠に色褪せることのないミサキへの気持ち。
「メディテーションかな」メサイアの少女の言葉。
駒を進めよう。
僕の人生はどうやらここで終わりではないようだ。