はじまりの その三
赤ん坊が落ちていた付近は、私の腰ぐらいの高さがある草がぼうぼうな場所だ。チュートリアル魔法収納石板、スマホ(製作者アイザック命名)が私にモンスターの存在を知らせて来たならば、私は急いで草に隠れるように腰を下ろした。
やばいやばいやばーい。
がさ、がさがさ、がささ。
四方八方から草をかき分ける音が聞こえる。
だけど、その音は私へと向かっているのです。
やばいやばいやばすぎ!!お兄ちゃん!!
私は腕の中の赤ん坊をぎゅうと抱きしめる。
何とかしなきゃ、何とかしなきゃ、何とかしなきゃ。
がさ、がさささ、がさ、がささ。
ピープピープ。
スマホ煩い!!
モンスターに見つかっちゃうじゃない!!
怒りで叫び出しそうなまま、目の前に出ているはずの魔法の板へと顔を上げる。
「クエスト モンスターからハイドアンドゴー
達成条件 モンスターに気付かれないようにゴールまで到達すること」
「遊びじゃないのよ。それで、ゴールはどこ?」
魔法の板から文字が消え、草原のマップとなる。
しかし赤ん坊を見つけた時と違うのは、草原のマップに迷路の図が重なっているのだ。ゴールの記載と青と赤の小さな丸が光っている迷路が。
迷路の動かない青丸が私の位置ならば、青丸へと動く赤丸はモンスターでしょう。
私は赤丸に出会わないルートをゴールまで簡単に指でなぞる。
「よし。迷路の正しい道を通れば逃げ切れるってことね。こういってああいって。ええと、赤ちゃん。静かにしているのよ」
きれいな緑色の瞳は私をじっと見つめ、それからすぐにへにゃっと笑った。
可愛い。こんな可愛い赤ちゃんを捨てるなんてどんな人よ。
ううん。実の娘をお金で売る親もいるんだし、きっとこの子の親も口減らしで仕方なく捨てたのよね。きっと。
いえ、捨てるくらいなら売りますよ、この子。
めっちゃ高値つきそうな可愛い子なのですから。
はうっ。
もしかして、モンスターから逃げている最中、大事な子供を隠して親が囮となって逃げた、とかでしょうか。うわあああ、最悪じゃない。そこまでして守った我が子ですか。
ああ、この子のお母さん。天国で安心していてね。私が絶対守ります。
私は赤ん坊を抱き直す。そして決意と覚悟をもって、その場から動き出す。
そ~ろそろ、そ~ろそろ、と。
ああ、しゃがんだ格好で動くのは、とてもとても足に負荷がかかる。
ああ、足がぷるぷるする。
がささ。がささ。
草がかすれた音に、私はびくりと脅える。
どこ、どこにいるの? すぐ近く?
「ま、マップオープン」
目の前にマップが展開する。
赤い点はさっきと全く違う位置にある。
もうすぐ私に到達する位置です。
たぶん、もう逃げらんないなってとこまで来てます。囲まれてます。
「は、ははは。そっか。私は走れば良かったんだ。ハイドアンドシークじゃなかった。ハイドアンドゴーじゃない。隠れて走れだったんだ」
ピープピープピープ。
危険危険危険危険。
チュートリアル魔法の警戒音が大きく響く。
映し出されたマップが、ちかちかと赤色が重なる。
危険危険危険危険。
「わああああああ」
私は走り出していた。
赤ん坊を抱きながら、もう遅いとかも何も考えずに。
走りだした方向にゴールがあるかわからなかったけれど、とにかく走った。
ざざざざざざざざざざざ。
真後ろから草がなぎ倒されていく音が迫って来る。
「ぎゃああああああああ」
声を出しちゃ駄目だけど、私の体も私の頭も私の言う事を聞かない。
「ぎゃあああああああああっ」
私の左足がなにかにひっかかり、私は勢いよくすっとんで、私の視界は反転した。
私の視覚は、まず地面を映し、次に空を映し、それで、藁色の草ががさっと左右に開いたところを私に見せつけた。
「モンスターからハイドアンドゴー クエスト失敗しました」
「言われなくてもわかってます!!」