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002 このバカぁあああッ!

 私の視線は魅入られたようにドラゴンの赤と青の瞳から離せなかった。


「はっはっはっ!」


 私の呼吸は過呼吸のように乱れていく。その時……。


「舞よ、気を確かに持て。相手はただのデカいトカゲだ」


 足元に感じるファサッとした毛の感触。見なくても分かる。クロだ。


 でも、聞こえるのはいつもの鳴き声ではなく、おじさんの声。


 かわいくない。でも、その頼もしい声に少しだけ呼吸が落ちついた。


 だけど、相手は五メートルはありそうな巨大なドラゴンだ。こんなの勝てっこない!


『……トカゲと言ったか?』


 トカゲ呼ばわりされたドラゴンは激おこだ。


 頭に直接響く声は、静かな、しかし、大地を揺らすような怒りを滲ませていた。


『畜生の分際でよく吠えたな! この龍神グウェナエル様が、貴様に直々に格の違いを教えてやろう。貴様は楽には殺さんぞ!」

「やってみるがいい!」


 なんでクロはこんなに強気なの!? 相手はドラゴンだよ!? 勝てっこないよ!


 でも、クロは私をチラリと振り返ると、不敵に笑って見せる。


「舞よ、我らはもはや嬲られるだけの弱者ではない。体の中心に意識を集中してみろ。そこに答えはある!」

『叩き潰してくれるわ!』


 ドラゴンの鋭い爪を備えた大きな手が降ってくる。


「クロッ!」


 私はクロに飛び付いて、なんとかクロだけでも助けようと必死にクロをお腹の中にきつく抱きしめた。


 そんなことをしても無駄なのは分かっている。


 でも、クロだけでも助けたいと必死だった。


 ガキィィイイイインッ!!!


『なにッ!?』

「舞よ、顔を上げろ。これはお前の試練だ。見事打ち勝つがいい! そのための時間なら、我がいくらでも作ってやろう」


 恐る恐る顔を上げると、景色が少しだけ黒く染まって見えた。黒く薄い膜のようなもので覆われているみたいだ。


 ガキィィイイイインッ!!!


『なんだこれは!?』


 そして、どうやらドラゴンはその膜を破れないみたい。


「どうなってるの……?」

「あの白猫が言っていただろう? これが、我らに与えられた力だ。そして、おそらく舞の力は……」

「これが……」


 ガキィィイイイインッ!!!


 ガキィィイイイインッ!!!


『くそっ! どうなっている!?』


 何度も何度もドラゴンの攻撃を防ぐ黒い膜。私の心に少しだけ余裕が持てた。


「でも、このままじゃあ……」


 どんどんと激しさを増すドラゴンの攻撃。守っているだけじゃ勝てない。


「言っただろう、舞? これはお前の試練でもある。ドラゴンを倒せ!」

「ええっ!? そんなの無理だよ!」

「たしかに、根が心優しい舞には難しいかもしれん。お前は自分がとことん嬲られても反撃をしなかった奴だ。だが、今こそその殻を打ち破れ! 我は朧げに覚えているぞ? お前は仲間のためなら拳を握れることを!」

「でも……」

「この世は理不尽に満ちている。だが、それに抗う牙をお前は持っている! 思い出せ! あの時の気持ちを! 今こそ理不尽に抗ってみせろ!」

「あの時……」


 ガキィィイイイインッ!!!


『チィッ! 滅びろ!』


 ドラゴンの口の中にまるで太陽のような眩しい光が生まれた。


 あれがどんなものかは分からない。だけど、ひどく暴力的な光だ。


 あんなものがぶつけられたら、きっとただでは済まないだろう。


「舞よ、お前ならできる!」


 私の腕の中には、クロが居る。


「私は……ッ!」


 もう誰にもクロを傷付けさせたりしない!


 私は立ち上がると、ドラゴンを睨みつけた。


 怖い。気を抜けば私のちっぽけな意思なんて砕けてしまいそう。


 だけど!


「私は、クロを守るッ!」


 力いっぱい右の拳を握って、大きく振りかぶる。


『滅ッ!!!』


 キュィィィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!


「このバカぁあああッ!」


 ドラゴンの口が大きく光ると同時に、私は振りかぶった拳を宙に解き放った!


 こんなことをしてもドラゴンに届かないのは分かっている。でも、やらずにはいられなかった。


 自分がなにをしたところでなにもできない。


 そう思っていたのに、振り抜いた拳からなにか出た。


 それは猫の肉球の形をしていた。


『あふんっ!?』


 辺りが真っ白に輝いて見えない中、たしかにドラゴンの情けない声を聞いたのだった。


「ほう? よくやったな、舞よ!」


 白く塗りつぶされた視界の中、クロがまるでじゃれるように私の足に体をこすりつけているのが分かった。


「勝った、の……?」

「うむ。大勝利である!」


 やがて視界がぼんやりと戻ってくると、私の目の前には荒れ果てた大地に白銀のドラゴンが仰向けに倒れていた。気を失っているのか、ピクリとも動かない。


「舞よ、よく勇気を出してくれたな。お前が居なければ、あのドラゴンを倒すことはできなかっただろう」

「え? でも、クロも力が使えるんじゃあ?」

「我には身を守る力しか与えられなかったからな。舞がやらねば、もしかしたらやられていたかもしれん」

「そっか……」


 自分の意思で誰かを傷付けたのは、これで二回目だ。


「なんだか胸が痛いね……。自分の心が汚れてしまった気分……」


 やっぱり暴力なんて嫌いだ。


「だが舞よ、世の中は弱肉強食なのだ。舞ならば、その意味が分かるだろ? 決して力を振るうことを恐れてはいけない」


 クロはこれまで家猫として不自由のない生活をしてきたというのに、叔父の家での生活にひどく擦れてしまったようだ。


 でも、クロの言うことも分かる。


 私は、私たちはもう奪われることは嫌なのだ。


「うん。私、がんばるね! 絶対にクロを守ってみせるから!」


 私はクロのお姉ちゃんなんだから!

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