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長老の決断の意味

「……旦那様、いつまでこの状態をお続けになるおつもりですか」


午睡の終わりに聞こえてきた声に、長老はゆっくり目を開いた。

場所は屋敷の居間であった。

初めに、慣れ親しんだものに囲まれた落ち着いた空間が目に入る。

傍らに佇む、涼しい顔をした執事もだ。


「……寝起きの今言うことか?」

「今だからこそ、でございます」


何を言及されたかは分かりきっていた。

伯爵家を動かすために現れ、何だかんだの末にこの屋敷の客として落ち着いた聖女のことだ。


短期間で国境の戦況を変え、領地に乗り込んできた聖女は、確かに肝が据わっていた。

だが上辺だけ殊勝に振る舞ってみても、所詮は神殿の手先だ。

適当に扱き使ってやれば、化けの皮が剥がれると思ったのに。

蓋を開けてみればせっせと良く働き、不平を漏らすこともない。

これまで聖女と接した人間は徐々に軟化させていっている。

それは長老にも伝わっていた。


街全体の空気もがらりと変わってきている。

そもそも出来事は時間とともに風化するもので、三十年も前の神殿のごたごたなど気にしている者はそれほどいない。

元々聖女はヴェスパータの一件で一躍英雄視されているのだし、そんな人間が来たら騒がれるのも当然だった。


「私如きが申し上げるまでもないことでしょうが、神殿との和解を内外に示すならこれ以上の機会はございませんよ。

何にしても、現在国を動かしかねないほど注目されている聖女様を、無為にここに留めるのはあまり良策とは思えませんが」


ここまでずっと黙って事の推移を見守ってきた執事からの、非常に珍しい提言である。

だが一頻り聞き終えても長老は不機嫌な表情のままだった。


「……貴様何が言いたいのだ。

まさか今更神殿に尻尾を振れとでも言うのか、ワシに」


そもそも一体何なのだ。

今まで一度も口出ししてきたことなどなかったくせにここに来て。

涼しい顔をじろりと睨みあげる。

もう何十年という付き合いの執事は、完璧な作法で礼を取った。


「滅相もございません。

私如きが旦那様に具申など、できようはずもないではありませんか」

「相変わらず嫌味な奴だの……」


分かっている。

昔と今では違うことくらい。

このままでは良くないことくらい。

しかしーー……渋面を作って、唸り声を上げる。


しかし、今の時点で貴族社会の均衡を崩すことも微妙な問題なのだ。

ノックス家が足踏みしていたのも、結局はそれ故なのだから。

ここでドミニク家まで国王派に与すれば、それこそ中央の貴族派がどう反応するか分からない。

然程大局に影響しない弱小貴族ならばとも

かく、侯爵家と伯爵家である。

それが一気に敵方に傾いたとなれば勢力図が一気に変化してしまう。

長老が目を向けた先は傍机であった。

そこには手紙が何通か置かれてある。

手紙の差出人は国王派、貴族派、親類と様々だ。聖女のものもあった。


グレゴリウス公爵からは再三の勧誘と忠告を受けている。

中立派の長であるイグナティウス大公からも、派閥を移動するにしても今は危ない、暫くは動かないで欲しいと内々に依頼されていた。

老い先短い我が身の決定一つで、国勢が変わってしまうかもしれない。

それが何より長老の頭を悩ませる。


そしてもう一つ、思い浮かんだそれにこれでもかと眉根を寄せた。

どうしても、かつての苦い記憶が脳裏を過り、長老は眉間に深く皺を刻んだ。

心が揺らいでるのは、最早認めざるを得ない。

だが同時に、心が傾けば傾くほど意固地になる部分がある。

忌まわしいものと言えど、ここまで持ち続けてきたものをそう簡単に捨てることは難しかった。


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