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祈りは尽くした

静止していた体が、初めて僅かな動きを見せる。

睫毛が震え、その奥から琥珀に近い色の、異様な光を浮かべた目が覗いた。


ヘリアンサスはこれまでずっと、どうするかを考え続けてきた。

このままただ祈り続け、死が襲いかかるなら黙して受け入れることが、聖女としては正しかろう。


だがもう真っ平である。

このままでは負ける。

犠牲が生まれ続ける。

聖女だろうと兵士だろうと王侯だろうと、今や誰もが等しく滅びの淵に立っている。


仮にこれが、人知の及ばぬ天災なら認めなくもない。

自ら望んでのことではないとはいえ、聖女として選ばれ育てられ、それ故の恩恵を受けてきた。

その結果として災厄に見舞われ、聖女としての殉死を求められるのなら………………百万歩譲って、呑み込まないこともない。


けれどこれは人の因果であり、悪心だ。

身中の虫の裏切りだ。


本物の聖女ならその者が過ちに気づき、心を入れ替えることを一心に祈るものだろう。

そして真に本物の聖女なら、その祈りは聞き届けられるだろう。

己がそうであると信じて、どれだけの者が殉教したか。


(そして今度は、私に死ねと。

――冗談でしょう)


ヘリアンサスの堪忍袋の緒は、既に限界を迎えていた。


(……私は、死にたくない。死んでたまるものか)


それがヘリアンサスの答えだった。

何年も死ぬ気で祈り続けて、何ヶ月も胃が捩れるほど悩み続けて、ようやく出した結論だった。


ここしばらくは、朝の祈りの度に吐きそうな思いをしていたが、今は吹っ切れていた。

これを最後の祈りとしようと、そう決めた途端不思議と心が凪いだ。


祈りは尽くした。

後は人として足掻くだけだ。

組んでいた指を解き、ヘリアンサスは立ち上がろうとする。


その時、不意に外に気配が現れた。

即座に聖女の外面を引っ被り、入り口に慈愛の表情を向ける。


「おはようございます、聖女様……

もう、お目覚めでいらっしゃいましたか」


「おはよう、リリウム。

今日は良い天気ね」


天幕の布が揺れ、外から顔を覗かせた少女に微笑みかける。

年頃は十を越えたばかり、銀の髪に丸い空色の瞳が特徴的なその少女は、丁寧な、けれど何処か稚気の残る声で挨拶をする。

その手には朝食の乗った盆を携えていた。


リリウムはもう何年もヘリアンサスの世話をしてくれている、傍仕えの少女である。

血の繋がりはないがヘリアンサスと同じ銀髪で、同じく孤児院から神殿に引き取られた子供だった。

ヘリアンサスが神殿に入る時に、彼女も一緒に連れてこられた。

挙げ句こうして戦場にまで付き合わせている。

その意味が今ならよく分かる。


(私が死ぬか、逃げるかしたところで。

この子が代わりにされるだけ)


そんな寝覚めの悪い落ち、想像するだけで気が滅入る。

大して力もないのに、護りたいものはたっぷりあるのが辛いところである。


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