10-7
……ところ変わって、これはまだ鎌実らが風呂に浸かっている頃の話。
「……はあ、僕もお風呂浸かりたかったなあ」
でも仕方ない。自分にはそう出来ない理由がある。
「貴方はもう忘れたかしら〜♪……っと」
「!?……ぁ、あなたは……水鏡、さん?」
「ああ。……もっとも、私は棗の方だが」
「す、すみません。似ているので見分けがつかなくて……」
……びっくりした。急に歌って現れるから何事かと思った。
「誰かを待っているのか?」
「……まあ、そんな感じです」
「ふ、彼女は先に風呂から上がって待っており、男はまだ入浴している……そんな曲があったな」
「結構、昔の曲ですよね。というかそれは男女の恋愛の曲で、僕が待っているのは男の先輩だからその曲とは違いますよ」
僕が否定すると、棗さんは不敵な笑みを浮かべる。……何だろう。ちょっと、不気味だ。
「ははは、だからこそ今わざわざ貴方に当て嵌めたんだろう?」
「……?何ですか、それ。どういう意味……」
「……だって貴方は、女子なのだから」
「……っ!?」
何故。どうして。
徹底して隠していた。ボロを出したこともない……筈。本当に無いかと言われると……自信はないけど。
「……貴方は本来の姿で一度私に出会っているからな。姿を変えようが、私には "気" が視えるから分かる」
「……!?そ、そんなの……ハッタリじゃないんですか」
「なら今ここで正体を言い当ててみようか?貴方は……」
「……っ!待ってください!!」
それだけは困る。たとえ正体がバレていたとしても、それを口に出されて誰かに聞かれでもしていたら……僕の、
…… "あたし" と彼の計画が台無しになってしまう。
「……何か理由があるんだろうな。人の隠したがっていることを無理に暴く趣味は私には無い。これ以上は何も言わないことにしよう」
今、暴こうとしたくせに。
でも黙っていてくれるのならそれでいい。余計なことを言って相手を怒らせる必要なんかないんだから。
「まあ、何にせよ……一人で解決しようとするのは良くないな。何か助けて欲しいことがあれば私に連絡すれば良い。スマホを出せ」
「……持ってません」
「成程。それは珍しい。奉日本と繋がっているのに支給されていないとは。……それとも、私との繋がりを作るなと奉日本に言われているのか?」
「何が言いたいんですか、あたしは別に……」
……何なんだろう、この人。自分は勿論そんな指示は受けていないし、そもそも本当にスマホを持っていない。
ここまで奉日本家を気にするということは関係者、なのだろうか。それとも彼こそが奉日本幸臣の手先なのだろうか。
「……残念。ここまでのようだ」
「……?どういうことですか」
「 "彼" が出てきてしまう。もう少し話したかったが……仕方ない」
そう言って、棗さんはくるりと背中を向ける。
「……口調、戻しておいた方がいい。ボロが出るぞ」
「……!!」
すぐに辺りを警戒するが人の目は無い。
そして視線を戻すと、そこにはもう誰も居なかった。




