10-3
「ちょっと待ってよ」
普段通りに授業を受け、普段通りに帰ろうとした矢先に直樹将吾を引き止められる。
「……何の用だ」
「九条ちゃん、全然登校して来ないんだけど。アンタなんか知ってるんじゃないの?」
そういえば九条と直樹は同じクラスだったか。ならば何日も不登校である九条のことが心配になるのは分かる……が、そもそも奉日本の遣いである九条弟が部員全員に説明はしなかったのだろうか。
「……説明は受けたよ。でも僕は納得出来ない。あの奉日本の封筒だって偽造されたものかもしれないし……そもそも九条ちゃんに弟がいるなら最初から会長が話してくれてる筈でしょ」
驚いた。俺以外にもアイツの存在を疑っている奴がいたとは。
あまりにも部員が九条弟の存在をすんなりと受け入れていることに違和感しかなかったのだ。それほどまでに奉日本晴臣という男の存在が大きいことの表れかもしれないが、そもそもの奉日本晴臣からの手紙が偽造である可能性に何故誰も至らないのか。まあ、神凪古は少しは疑っていたようだが……。
「アイツ……急に現れて、今は九条ちゃんの席に座って授業を受けてる。別に転校生だって紹介があった訳でもない。でも誰も疑問に思わないの、おかしいだろ?」
それは確かにおかしい。九条は自分のクラスではほぼ空気のような存在だったらしいので百歩譲って生徒は気づかなかったとしよう。かと言って教師までもが気づかないのはあまりにも変だ。
「まるでアイツが九条ちゃんに成り代わろうとしてるみたいじゃないか。だから僕、気持ち悪くなって昨日授業サボって調べ物してたんだよね」
「何だ、お前もか」
「何?アンタもサボったの?気が合うね。嬉しくないけど」
「一言余計だ」
「……そんなことはどうでもいいけど。僕、昨日役所に行ってきたんだよ。それで調べたんだけどさ……」
「九条皐月なんて男は、存在しなかったよ」
「……は?」
「そのままの意味だよ。僕らと同年代の九条皐月なんて男は存在しなかった」
存在しない。一番に考えられることは、偽名だ。それなら何故偽名を使う必要があるのだろう。そんなこと、思考する必要すらない。
「……やはりアイツは、九条の弟なんかじゃなかった……ってことか」
「うん。念の為に九条ちゃんの家族構成も調べてきたけど、父、母、兄、本人、妹だけだった。弟なんていなかったよ」
……やはりか。きな臭いとは思っていたが……。
「てか、アンタのことだからすぐにおかしいと思って戸籍くらい調べると思ってたけど」
返す言葉も無い。一度でも疑った以上、戸籍を調べるのが一番手っ取り早かった筈だ。何故それをしなかったのだろうか。九条弟に絆されていた……まさかな。
「アイツの正体が不明なのは分かったとして、もう一つ気になったことがある」
「……何?」
「奉日本家が用意したスパイなら、戸籍の偽造など簡単に出来ると思うが」
「ああ……確かに」
幸臣にしろ晴臣にしろ奉日本家ならこんなに簡単に見抜かれてしまうようなミスはしない筈だ。時間さえ掛ければ戸籍であろうと捏造するのは奴らにとって朝飯前だろう。
「時間が足りなかった……?じっくり練った作戦ではなく、突発的に不完全なままでも動かざるを得なかった……?」
「それか、これ自体が罠の可能性もあるよね」
何が正解なのかが分からない。たった一つ理解出来たことは、奉日本家というのは相手にするには非常に面倒な一族だということだけ。




