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「……ぁっ、!」
反射的に水鏡を突き飛ばし、壁に後頭部をぶつけたところを更に掴み掛る。
「あ、くぅっ……」
「その名で呼ぶな。それを何処で知った」
いや……もうそんなことはどうでもいい。最早理性は無かった。一刻も早くコイツを消さなければ。それしか頭に無かったのだ。
俺は水鏡の首に手を掛け、強く締める。
俺の意識はもう、 "知らない俺" に乗っ取られかけていた──────
「鎌実さんっ!!だめえっ!!」
唐突に響き渡る懐かしい声に、はっと我に返る。だが、まだ身体は自由にならない。 "知らない俺" が、支配している。
「……!サヨ!?サヨなのか!?」
うるさい黙れ。サヨって女が誰なのかは知らんが勝手に俺の身体を操るな……!!
「と、常磐先輩……?あ、あのあの、そういうのは、えっと、ダメだと思います……!」
"知らない俺" を追い出す為に心の中で一喝し、深呼吸をする。
……落ち着いたら水鏡を締めていた手はいつの間にか緩んでおり、目の前に居たのは情けない顔をした九条弟で。思わず吹き出してしまった。
「せ、先輩……?」
「……ああ、悪い。平気だ。それよりコイツは……」
「はぁ……っ、……うちも平気や。なんや……地雷踏んでしもたみたいで……堪忍ね」
「良かった……無事で……」
今にも泣きそうな九条弟の顔を見ていると、ついカッとなってしまったことを後悔した。……いや、もうアレは殆ど俺の意識では無かったのだが……。
「奴はもう、封印された筈なんだがな……」
「それって、鎌実さんの身に宿された悪魔の話?」
「名前で呼ぶな」
「……はいはい。これ以上怒らせとうないし素直に従っときますわ、常磐さん」
「……奴は、間違いなく消された筈だ。だが、俺の中に、もうひとつの人格がいるのも間違いない」
……何故こんなことになったかは理解出来ないが、消滅していなかった悪魔がもう一つの人格として俺の中に宿っていると考えるのが妥当だろう。それ以外に自分の意に反して勝手に身体が動かされる現象を説明出来ない。
「だからサヨというのは……悪魔にとって大切な女だったんだろう」
こっちとしては身体を乗っ取った奴の事情なんて知ったこっちゃないが。
だが、これで俺自身がサヨという女の記憶を持っていない説明もつく。元々俺の記憶には存在しない女だからだ。
要は完全に私事で悪魔は何度も同じ女の夢を見せてきたり俺の身体を乗っ取って来た訳で。不愉快にも程がある。
そしてサヨの問題を解決しない限り、悪魔はこれからもずっと俺に付き纏って来る訳だ。
「……資料室に入ってからずっと見とったから、あんさんが何しとったかは何となく把握しとるけど。奉日本沙雪とその娘についてやったら情報あるんよ、うち。悪いこと言うたお詫びに情報提供したいんやけど、どないや?」
悪魔が探しているサヨが奉日本沙宵のことかは分からないが、今はどんな情報でも欲しい。……たとえ気に食わない相手からの情報でも。
「寄越せ」
「ええよ。せやけど、ここやといつ敵さんに見つかるか分からへんし……場所移動せえへん?」
その提案については、こちらも同意だった。




