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「……あらあら。ねずみさんが2匹も迷い込んでしまわはったんやねえ」
俺でも九条弟でも無い、第三者の声が響く。思わず背筋が伸び、冷や汗が流れる。
何故全く警戒しなかったんだ。ここは敵の本拠地で、俺はいつ消されてもおかしくなかったというのに。
やはり九条弟が裏切ったのだろうか。だが、声の主は「ねずみが2匹」と言った。ということは、少なくとも声の主と九条弟は味方関係では無いのかもしれない。
恐る恐る振り返ると、そこには……
「お前、あの時の……」
「……あら?うち、あんさんとは初対面と違います?恥ずかしいわあ、何処でお見かけされたんやろ」
多分、コイツから俺は認識されていない筈だ。
九条を家に泊めた次の日、寝不足で倒れそうになった九条を支えた男。確か…… "水鏡" と呼ばれていた。
「でも、うち基本は家から出られへんから。会ったとしたら多分、双子の片割れの方やと思うんよ」
確かに、目の前の男はこの前の男とは顔は同じだが少し……いやだいぶ雰囲気が違っていた。
「……いけずやわあ、うちにばっかり喋らせて。そっちも何か言ったらどうなん?」
そう言われてもはいそうですかとこちらの情報を与えるのは避けたい。せめてコイツは誰なのか。幸臣派の人間なのか。それを知りたい。
「……はあ」
なかなか口の開かないこちらに痺れを切らしたのか分かりやすく大きな溜息をついてくる。
「こんな場所でおうたんやし、警戒するのもしゃあないけど。うちもねずみさんやねん。奉日本家の人間やあらへんよ」
「はあ!?なら何でこんなところに……!」
「ふふ、やっと口きいてくれはったわあ。ほな、まず自己紹介しましょか」
……何だ、コイツは。やりづらい。つい相手のペースに飲まれてしまう。
「うち、水鏡まふゆいいます。よろしゅう」
「あ、僕は九条皐月です」
……アホめ。何故馬鹿正直に名乗るんだ。
「皐月さん、ええ名前やねえ。……あんさんは?名乗らへんの?うちは名乗ったのに?」
お前が勝手に名乗っただけで、俺に名乗る義理は無い……と言いたいところだが、何故かコイツには逆らえない……いや、逆らってはいけないと本能が告げている。




