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九条弟の情けない叫び声で、我に返る。
……いや、というか何故コイツが叫ぶんだ。俺を始末しに来たコイツが……。
「先輩っ!ぼーっとしてないで!アイツ!アイツです!やっちゃってくださいーーーっ!!」
訳が分からないまま九条弟の指差す先を視認すると……そこには黒くて硬くてテラテラ光っていて暗くて狭くて湿ったところが好きな割に速いあの……例のあの虫が。
「…………」
……俺は無言でソレを叩き潰すと、九条弟は心底安心したように息をついた。
「ふう……これで安心出来ます!ありがとうございました、常磐先輩!」
「それが素のお前か」
「あっ……ああああっ!や、やってしまいました……!せっかく初登場だから冷静沈着な弟キャラで行こうって決めてたのに……大失敗です……」
なんというか、その……何なんだ、コイツは。さっきまで色々考えたのが馬鹿らしい……。
「で、でも……虫だけはどうしても苦手なんですもん……」
「成程。それは良いことを聞いた」
「ま、待ってください!今のはその、記憶から抹消してください!」
「ほう、忘れていいと。なら今後虫が出た時は俺に頼らず自分で処理するということだな?」
「いや!それはゼッタイ!!むりです!」
これほどまでに力強くて潔くて情けない "絶対" を俺は聞いたことがあっただろうか。
「と、とりあえず今日はもう大丈夫ですので。帰って頂いて良いです」
今更取り繕っても無駄なのだが、どうやらコイツは冷静沈着な弟キャラとやらをまだ諦めきれていないらしい。
というか、虫だけ処理させてもう用は済んだからさっさと出て行けというのはどうなんだ。
「そうか。奴は一匹見たら三十は居ると聞くが」
「ええっ!?う、うう……やっぱり今日、泊まりません……?」
「泊まらない」
散々揶揄うことが出来たので今日はもう十分だ。まだコイツを完全に信用は出来ないが……敵側の人間だったとしてもあまりにもポンコツ過ぎて脅威にもならないだろう。
「……常磐先輩」
「何だ、まだ用があるのか」
自分の部屋に戻ろうとする前に、九条弟が呼び止める。というかこの声やめろ。さっき情けない声を聞いたから無駄だというのに。
「その、僕のこと、信用出来ないかもしれませんけど。でもきっと、僕は先輩のこと……守ってみせますから」
「……は?どういう意味……」
「えっと、それだけです。それでは、また明日っ」
……言いたいことだけ言って、追い出しやがった。訳が分からない。
とりあえずひとつだけ言えることは……コイツを頼りにはしてはいけないということだろう……。
「……はあ」
彼が出て行った後、扉を閉めて一息つく。
「もう、いきなり失敗しちゃった……。クールでミステリアスなキャラの予定だったし、キャラ設定までしっかり練っていたのに……」
今のところバレたのは彼だけだからどうにでもなると思うけど。いや、一番バレちゃいけない人ではあるんだけど……。
「それにしても先輩……僕のことガッツリ疑ってたよなあ。まあ、信用出来る方がおかしいんだけどさ」
本当にこれでいいのか……答えてくれる声はなく、不安だけが募る。
「……ダメだ。ちゃんとやらなくちゃ。失敗は許されないんだから……」
いきなり自分で決めたキャラ設定が崩壊するという失敗をやらかしてしまっているけれど、これ以上の失敗はいけない。
軽く一息ついて、明日からについて考える。……大丈夫。僕ならちゃんとやれる……。
第九話に続く……




