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「あー!楽しかったあ!」
「おい零士。お前が楽しかったのはいいけどよ、九条はあんなになってるぞ」
「えっ!?な、何で!?さっきまですっげーテンション高かったじゃん!?」
こんにちは九条宵子です。
今、帰宅するところだったりするんですが、カラオケボックスから出た瞬間に恥ずかしさがどっと込み上げてきて、その場にしゃがみこんでしまいました。
近況報告終わり。
「うう……!あたしみたいな陰キャが調子に乗っちゃってすみません……!もう記憶から消してください……!」
何であんなにテンション上がっちゃったんだろう。カラオケボックスでのあたしは普段のあたしとはまるで別人になってしまったみたいだった。
だけどカラオケボックスから出た途端、キラキラした魔法が解けてしまったみたいだ。
本来ならあたしみたいな陰キャで不細工は端っこに座って目立たないように存在を消さなきゃいけないのに。犬飼先輩にも、鮫島先輩にも、……常磐先輩にも、すっごく失礼なことをしちゃった気がする。
「……宵子ちゃん、楽しくなかった?」
しょぼんという擬音が似合いそうな程、犬飼先輩が落ち込んでいる。
「そ、それは……!」
正直言うと、すっごく楽しかった。こんな自分でも変われるんだって思ったから、本当に楽しくてたまらなかった。
でも、ふと我に返ると頭の中に何度も言われ続けた兄の言葉が響いてきて。
「お前は不細工なんだから」
あたしは生きてるだけで迷惑な存在なんだから、外で遊ぶことすら許されていなかった。
だからこんなふうに兄との約束を破って、外で楽しむなんて、許されちゃいけない。そのことを思うと、さっきまでの楽しかった気持ちも、消さなきゃいけないって……。
不細工なあたしは、楽しいなんて思っちゃいけない……。
「……楽しかったんだろ」
答えられないあたしの代わりに、常磐先輩が口に出してくれた。
「楽しかったです。でも……」
「ならそれで良いだろうが」
「でも、あたし」
「ああ、そういやさっき歌ってた時に変な顔してただろ。歌詞に感情入ったのか知らんが表情がコロコロ変わってて、なかなか愉快だったぜ」
そう言って、鼻で笑う常磐先輩。あ、あたしそんなに変な顔してた……!?思い出したらどんどん恥ずかしくなってくる。
「……!?な、何見てるんですか!!忘れてください!!」
「あー、そっか!それを思い出して恥ずかしくなっちゃったんだな?」
「気にすんな。カラオケでは皆そんなもんだ」
犬飼先輩と鮫島先輩がケラケラと笑う。
あたしがしゃがみ込んだ理由はそれじゃなかったけど、空気を壊したくなかったしここでわざわざ兄のことなんて話さなくても良いだろう。
だから、そういうことにしておいた。




