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─────4月。
それは出会いの季節。
あたしは九条宵子。今年で高校二年生になる。
少女漫画が好きで、自分にもいつか王子様的な存在が現れると信じて生きている。まあ……自分でも痛々しいとは思うけれど。
「少女漫画だと、春は出会いの季節なんだけどな……」
しかし幾ら待ち続けても、あたしに運命の出会いなど訪れはしなかった。
それもその筈。ボサボサに伸び切った髪、手入れもしていない肌、しわくちゃな制服……こんな小汚いあたしに優しくしてくれる人なんていないどころか、寧ろあたしは虐められている側だった。
……いや、虐めを受けているというよりは、存在が無いように扱われていると言った方が正しいだろう。あたしはクラスで透明人間だったのだ。
「……でも、少女漫画ではこういう女の子こそ王子様が現れて綺麗にしてくれるのがよくあるパターンでしょ……。シンデレラだって灰被りが魔法で綺麗にしてもらったじゃない……」
だからあたしも魔法で綺麗にしてくれたっていい筈。そういえば、あたしの家での扱いもシンデレラそのものなのだから。
「やっぱり不公平だ……。漫画ではメソメソ泣いているだけでイケメンが手を差し伸べてくれるっていうのに、あたしが泣いてても誰も助けてくれない……」
「何言ってるんだ？九条」
「あっ……」
一人で呟いている不気味なあたしに構わず声を掛けてくれたのは、新聞部の先輩だった。まだ誰も来ていなかった部室だったので油断して割と大きな声で独り言を言っていたことを後悔する。
しかし、彼や新聞部のメンバーは学校であたしのことを無視しない貴重な存在だ。……まあ、新聞部自体が部員が少なくて、もう廃部寸前だったりするのだが。ここはあたしの存在を認めてくれる人しかいない、大切な場所なのだ。
「また王子様とやらを待ってたのか？」
「あう。その話、絶対他の人には言わないでくださいよ」
中でも今声を掛けてくれた先輩……西園寺輝先輩は、あたしの妄想すらも受け入れてくれた貴重な優しい先輩だ。
「そんなに王子様が欲しいなら俺がなってあげてもいいけど」
「お断りします。先輩はそういうんじゃないので」
正直、西園寺先輩はかなりイケメンの部類に入ると思う。金髪でコテコテの王子様って感じの容姿だ。名前だってソレっぽいし。
だけど、彼はあたしの好みでは無い。というか、西園寺先輩にはファンが多くてライバルも多い。どうして彼が新聞部なんかに入ったかは謎でしかないけれど。
まあ、そんな彼と根暗なあたしが付き合ったら多数の女子から恨みを買うのは目に見えている。少女漫画でもイケメンと付き合う主人公は虐められるパターンが多いし。あたしは無駄な争いは避けたいのだ。
「残念だなあ」
あまり残念じゃなさそうな感じで西園寺先輩は笑う。やっぱり冗談だったんだ。真に受けなくて良かった。
「とりあえず資料纏めたんで、今日は帰りますね」
「うん。九条は分かりやすく纏めてくれるから助かるよ。明日もよろしく」
去り際にわしゃわしゃと頭を撫でられる。あう。どうせ誰にでもこんなことをしているんだろうけど、あたしは思わず顔を真っ赤にしてしまった。
「……さあ、早く帰らなきゃ」
帰りたくないけれど。でも早く帰らないともっと酷い目にあわされるかもしれない。
あたしは大好きな部室から出て、大嫌いな家へと足を進めるのであった。
