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あの娘になりたい

作者: 白百合三咲

夏の公式企画投稿作品です。


 大正9年。

「ねえ、見て。この娘今日は桃色のフリルのドレスよ。胸元のリボンは赤だわ。」

私は級友のあかねさんと百貨店のショーウィンドウの前に立っている。私達が眺めているのはショーウィンドウに飾られたフランス人形である。百貨店の近くには女学校がある。ショーウィンドウは私達の帰り道でもあるのだ。白いレースがかかったテラステーブルにはティーカップが2つフランス人形と青いワンピースのテディベアが向かい合って座っている。

「羨ましいわ。私もこんなドレス着てみたい。」

「無理よ。清蘭(きよら)さん。」

清蘭というのは私の名前。高島清蘭。珍しい名前でしょ。

「どうして?あかねさんの意地悪。」

赤い振り袖に赤いリボン、青い袴のあかねさんは時々意地悪な事言うの。

「あら、あの娘はフランス人形、いわば西洋人よ。」

「あら、それなら愛美香さんはどうなるのよ?」

愛美香さんは私やあかねさんと同じ級の娘。華族令嬢で洋装のドレスで登校してくるの。イギリス人の伯爵と婚約しており来年の3月に卒業と同時にロンドンに移るって言ってたわ。

「あの人は私達平民と違って住む世界が違うのよ。」

私が落胆していたその時

「あら、皆様。」

丸襟に黄緑に白いレースのドレスに頭にピンクのリボンを付けた少女が現れたわ。傍らにはグレイのスーツに金髪で色白の紳士がいる。

『愛美香さん!!』

私達が噂をしていた愛美香さんだった。

「あの、愛美香さん。そちらの方は?」

「婚約者のジャン・ブランシュ伯爵ですわ。ウェディングドレスの下見に来たのよ。」

「Nice to meet you, charming lady.」

ジャンさんは英語で挨拶すると私の手を取り甲に口付けをする。

「Jean,don't do that. Kiyora looks confused.」

愛美香さんが流暢な英語で止める。

「Sorry, but Emika, we need to hurry.We have a reservation for dinner.Our carriage awaits us.」

「That's right.We'll move on.」

ディナーの予約があると言って愛美香さんはジャンさんに連れられ傍に止めてあった馬車に乗り込んでいく。ショーウィンドウの前には私達だけが残った。

「清蘭さん、私達も帰ろう。」

あかねさんが声をかけるけど私はショーウィンドウのフランス人形を見つめている。

「いいな~。この娘も愛美香さんも。素敵なドレスを着れるなんて。」

私が1人呟いていると


「だったらわたくしになってみる?」


どこからか声が聞こえたわ。

「誰?」

「清蘭さんってば。」

あかねさんが声をかけてくる。

「あかねさん、今喋った?」

「何よ。ずっと名前呼んでたでしょ。帰るよ。」

私は気のせいって事で片付け家路についた。





「ただいま。」

「お帰り。待ってたよ。」

「叔母さん?」

叔母さんが遊びに来ていた。父さんも母さんもいる。

「清蘭も座りなさい。」

私は母の隣に座る。

「清蘭ちゃん、来年女学校卒業でしょ?」

「はい。」

「だったらほら。」

叔母さんは風呂敷を広げて写真を取り出す。

「開いて見て。」

中には羽織袴の男性の写真があった。眼鏡をかけている地味な男性だ。

「叔母さん、これって?」

「そうよ。うちの店で修行しているのだけど真面目な青年よ。大西君って言うのよ。」

叔母さんは夫である叔父さんと神田で寿司屋を経営しているの。と言っても小さい店だけどね。

「清蘭、良かったじゃない。」

母さんは隣で声をかける。

「清蘭ちゃん、悪い話じゃないでしょ?結納の日取りも決めましょう。着物なら私のがあるわ。」

大人達が勝手に話を進めようとする。

「母さん、私この人は」

私は縁談話を断ろうとした。

「何が気に入らないの?いい人そうじゃない。それとも他に好きな人でもいるのか?」

「そうじゃないけど」

「だったらいいじゃない。」

私の話を聞いてくれそうもない。




 

「それで勝手に叔母さんが縁談話決めてくるし、父さんも母さんも乗り気になって。」

翌日の帰り道私はあかねさんに昨日の出来事を話す。

「良かったじゃない。おめでとう。」

「少しも良くないわ。だってその相手の人」

その時ちょうどショーウィンドウの前で立ち止まった。あの娘は今日は白い薔薇が胸元に並べられたドレスを着ている。英語の教科書に載っていた花嫁の姿とそっくりだ。

「あかねさん、ウェディングドレスってこの娘が着てるものよね?愛美香さんも着るのかしら?」

私は昨日ここで会った愛美香さんとジャンさんの姿を思い出した。

「そうね、着るんじゃない?昨日ウェディングドレスの下見に来たって言ってたし。」

「不公平よね。」

「清蘭さん?」

「私の縁談相手叔父叔母夫婦の店で修行してる寿司職人の見習いなの。写真も見せてもらったけどジャンさんのが美青年だった。結納の衣装も叔母さんの白無地の地味な着物。だけど愛美香さんやこの娘は華やかなドレスおかしいよね?」

私は気が付くと心の内を話していた。

「清蘭さん、世の中そんな物よ。愛美香さんは華族でこの娘は人形。無い物ねだりしてもどうにもならなないわ。行きましょう。」

歩き出すあかねさんに続き私もショーウィンドウの前を去ろうとする。その時


「清蘭さん。」


私は名前を呼ばれ振り替える。

「えっ?!嘘でしょ?!」

ショーウィンドウの向こうで白いドレスのあの娘が立ち上がっていた。 

「うふふ、驚かせてごめんなさい。ごきげんよう。わたくしフランス人形のロゼッタよ。」

ロゼッタはドレスの裾をつまみお辞儀する。

「ごっごきげんよう。」

私もお辞儀をする。

「ロゼッタ?!貴女話せるの?」

「ええ、いつも皆わたくしの前で立ち止まっておしゃべりをするから言葉を覚えてしまったわ。ねえ、貴女わたくしになりたいの?」

ロゼッタが尋ねてきた。ショーウィンドウの前での一人言を聞いていたのだろう。 

「もしかしたら昨日のも」

「そうですわ。あれもわたくし。うふふ、もう一度聞くわ。清蘭ちゃんはわたくしになりたい?」

「ええ、なりたいわ。こんなに素敵なドレスを着て皆が立ち止まって振り向く。まるで少女歌劇の娘役かバルコニーのプリンセスみたい。」

「では決まりね。さあ、願いなさい。わたくしになりたいと。」

私はロゼッタの言うように願を掛ける。ロゼッタになりたい、美しいお人形になりたいと。




 気が付くと私はショーウィンドウの中にいた。ショーウィンドウには自分の姿が映る。ブロンドの縦ロールの髪、ティアラにヴェール、白い薔薇のドレス。私はあの娘になったのだ。

「これで貴女はわたくし、わたくしは貴女よ。」

私の姿をしたロゼッタが喋る。

「それでは、またね。」

私になったあの娘は去っていく。

 その日から私はロゼッタになった。行き交う人は皆私の姿に夢中になる。月に1度販売員の女性がドレスを着替えさせてくれる。レースの水色のドレス、赤いフリルにレースの丸襟が着いたドレス、ピンク色で宝石がついたわっかのドレス。私はショーウィンドウのプリンセスになったのだ。



 あれから何年も時が過ぎた。。行き交う人々にも変化が見えた。女学生達は袴から水兵のような上着に黒のスカートを履くようになった。テディベアのルルーがあれは水兵の制服を女学生向けに改変したセーラー服だと教えてくれた。しかし女学生達は次第にセーラー服の下はスカートから地味なもんぺと変わっていった。女学生だけではない。洋装の人は見かけなくなり皆地味な色のモンペに汚れたブラウスを着ている。なぜか胸元に皆名札を付けていた。

 私の前で足を止める少女達も少なくなり、着替えの頻度も減っていった。気が付くと一緒にいたルルーもいつの間にかいなくなっていた。

 ある日私は店員に抱き抱えられる。店員も街の人同様貧相な身なりをしている。

(お着替えの時間ね?)

そう思って胸を期待で膨らませていた。だけど

「こんにちは。」

1人の女性が声をかけてきた。年は30代後半ぐらいかしら?女性の胸元には名札があった。


「大西清蘭」


嘘?!私?彼女は私と入れ替わったあの娘だった。名字はあの時叔母さんが持ってきた写真の男と同じ名前。あの人と結婚したのね。それにしても手は傷だらけ。顔にも小皺ができて。相当苦労してるようね。良かったわ。あの娘に成り変われて。だって私は永遠の栄華を手にしたのだもの。

「その娘焼いてしまうのですか?」

あの娘の口から衝撃的な質問が出てきた。

「ええ、敵性語排除令も出たからこの娘は必要ないの。百貨店も閉めることになったわ。」

敵性語排除令?何よ?それ?!

「この娘は私が女学生の頃仲良くしてくれた娘なの。お別れを言ってもいいですか?」

「ええ、勿論です。」

あの娘が私を抱きかかえる。

「ねえ、ロゼッタ、貴女なんでしょ?!助けて!!」

「嫌よ。」

あの娘が私の耳元で囁く。

「だって貴女が望んだんでしょ?」

あの娘は私を店員に返す。

「嫌よ!!焼かないで!!私はショーウィンドウで永遠に輝くのよ。歌劇の娘役よりも!!プリンセスよりも!!」

私が店員に連れていかれるのを見てあの娘はほくそ笑んで去っていく。


「そういえば貴女が憧れてた愛美香さん、ロンドンの空襲で亡くなったそうよ。それから少女歌劇も閉鎖になったわ。永遠の輝きなんて存在しないんだから。皆時代と共に変わっていくの。人形もね。」


                  FIN

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い話です。本当にホラーです。 悲しいけど、永遠なものはないですね。
[良い点] 突然コメント失礼します。素敵な作品ですね。フランス人形が世界観と、日本人にカッチリと当てはまっていて、もちろん怖さもあるんですけど...それより、綺麗な作品だな。って思うのが勝ってしまった…
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