異世界 51
その噂は、瞬く間に国中を駆け抜けた。
曰く、やはり神子様は召喚されていた。曰く、神子様は各地で魔物を鎮めている。その上、なんと魔王を改心させ、従わせることに成功した。そして、ギュンター王子殿下はその神子様と共に各地の魔物と戦っている。
「それは・・・。」
絶句するミランダ元女官長と苦虫を嚙み潰したようなイザーク赤騎士隊隊長。この噂話を拾って来たのが、彼だった。
「王都ではもう神子様の噂で持ち切りだ。いつ凱旋されるのかと、皆、期待している。一足先に王都入りしたヨハン王子は、真相を知りたがる者どもにまとわりつかれて、今にも、ぶちぎれそうな笑顔で対応していた。」
「微妙に真実と虚偽が混じっているのがいやらしいですわね。」
召喚された神子・春日は未だ意識不明で、魔物を鎮めて各地を回ってなどいない。魔物の被害が抑えられているのは、赤騎士隊や青騎士隊など、死力を尽くして戦ってくれている騎士や兵士のおかげだ。魔王、などいないし、自称・魔神と契約はしたが、相手は橘花だ。ギュンター王子など神子召喚と時を同じくして行方が知れず、一緒に戦った王子はヨハン第一王子だ。
「で、それが、”改心した魔王か”?」
相変わらず子供たちのおもちゃと化していたカーバンクルのセンに顎をしゃくって、不信感も露にイザークは尋ねた。
「・・・はい。」
さっきまで、久しぶりに帰って来たイザーク・プラハ=ハウゼンにまとわりついていた子供たちは、彼とひとしきり遊んだ後は、いつものお昼寝に入った。当然、センもチビ達に捕まったまま、お昼寝部屋に連れ込まれたが、今日ばかりは橘花が回収した。彼女の膝の上でへそ天で爆睡中だ。
魔王、と言う言葉から推測される、恐怖や威厳の欠片も感じられない。
「なんか、ご期待に沿えず、すみません。」
つい、謝ってしまう橘花に、イザークも苦笑するしかない。
「つーか、何処から漏れたんスか、それ。キッカがこいつと契約した事なんて、ごく一部しか知らないはずっスよ。」
「北の辺境の結界を一瞬で上書きしたんだろう?いくら緘口令を敷いたとしても、そんな規格外な事をしておいて、全く秘密に、なんて出来る訳がない。それも悪い話じゃなく、良い話題だ。誰もが不安に怯える中、こんな明るい噂が流されたんだ。飛びつくに決まっている。それに、この噂話の出所は恐らく王妃一派だ。公の場に姿を見せないギュンター第二王子に批判的な世論を躱す為だろう。」
ガリガリと頭を搔いたイザークは真っすぐに橘花を見た。
「この噂のせいで、今や、世間じゃ、キッカが神子様で、ギュンター王子は救国の英雄だ。実際、魔物の発生は減少しているし、新たな結界の綻びも見つかっていない。世間が浮かれるのも無理はない。王妃たちはギュンター王子を血眼で探してはいるが、消息は欠片もつかめない。このままでは、魔物征伐をこなし、神子様を保護しているヨハン王子に王位継承権が復活する。それだけは何としても阻止したい。目を覚まさない本物の神子様は、王妃一派にとって、不都合な存在でしかない。ギュンター王子のやらかしの象徴だからな。だから、身代わりの神子を立て、救国の英雄をすり替えた。」
「はあ!?なんだそりゃ。ちょっ、たいちょ、あんたそんな勝手な話、聞いて、そのまんまにしてたのかよ!」
上官に向かって大声で食って掛かったレイバンは、逆に、がっしり、顔面を鷲掴みにされた。
「ああん、なんだって?聞こえねぇなぁ。おい、レイバン。俺は、耳が遠くなっちまったのかなぁ?もう一回、言ってみてくれよ。」
「ふがもが、ふがが。」
二人を止めようと、あわあわと手をさまよわせながら右往左往する橘花に、ミランダは、にっこりと新しく入れなおしたお茶を差し出し、自分も長椅子に座って、ゆっくりお茶を飲んだ。
口元に微かな微笑みが浮かんではいたが、その目は全く笑っていない。
「お二人とも、お茶が冷めてしまいましたわ。」
赤騎士隊隊長と特攻隊長は、ピタリと動きを止め、すっとその場に正座するのだった。




