現世 47
ここぞとばかりに天正貴志が帳ににじり寄った。
「あの男を我らが害したとは、照姫様のお言葉とは思えません。我ら出雲衆は天孫降臨の御代より、照姫様を主と仰ぎ、仕えてまいりました。その我らの言葉が信じられないとおっしゃいますか?」
そうして、口元を歪める。
「当代の照姫様はその任に就かれてから、既に120年を超え、歴代随一の任期にございます。少々、いや、些か、世事に疎くなっておいでの様子。そろそろ、ご退位成されては如何かと存じますが?」
そう言うと、パラパラと天正貴志に同意する者達が、親子の周囲に集まって来た。
「お前たち!何を言っているのかわかっているのか!」
照姫の護衛の白装束が御帳台に駆けつける。「無礼者ども、武装を解除し、さっさと控えよ。」
しかし、照姫に味方する者の数は圧倒的に少ない。
「何なのよ、あなた。こんな時にも、鏡を見てるって、変なんじゃない?」
両脇に腰巾着を侍らせ、天正真美は先程、威圧に怯えた事をなかったかのように、高飛車に言った。
「やれやれ、ほんに、何も知らぬ愚か者よ。これ、貴志、其方、今、ここで、教えてやったらどうじゃ。」
愚か者と呼ばれ、顔を真っ赤にする天正真美を、父である貴志は、怒ったような、困ったような表情で見やった。
「照姫とは、八咫鏡の中にいらっしゃる天照大御神の写し身様の呼称だ。写し身様は、この世界に干渉するために依り代を必要とされる。その依り代となる娘を代々輩出してきたのが、我が天正家だ。当代様の次は、本当ならお前が受け継ぐべきお役目だった。」
「じゃが、依り代には高く純粋な巫力が要求される。ならば、何故、妾がこの座にまだ座っておるか、明白であろう?」
それはつまり、天正真美は依り代にふさわしい高く純粋な巫力を持っていない、と言う事だ。照姫は更に続ける。
「今更、誰を新しい依り代にすると言うのじゃ?」
「だから、世事に疎い、時代遅れの、と呼ばれるのですよ。今は、21世紀です。それなりに科学も発展している。写し身様の意志を代弁するのに別に人間は必要ない。」
その貴志の言葉を聞いて、鏡の中の照姫は片眉を上げて怪訝な表情を見せた。
それに合わせるように、照姫、いや、鏡の前に座っていた少女の体が、ぐらりと後ろへ倒れた。
「ひ、ば、化け物!」
天正真美が息を飲んだ。
敵対するかつての自分の部下たちの前に、十二単の小柄な少女の素顔が晒される。それは、深く皺を刻んだ老婆のものだった。そしてその瞳は何も映していない。着物を突き破り、胸から一本の茎が伸び、真っ黒な花が開いた。
「呪殺!」「何と照姫様に、何とおぞましい!」
護衛の白装束たちの怒りと混乱。
一方、誰ものぞき込んでいない鏡の中には、無言でこちらを見つめる絶世の美女がいた。




