異世界 50
「さて、確認が終わったところで、」
と、いい笑顔のレイバンはカーバンクルに向き直った。
「さっき、気になる単語があったな。”魔神”って何?後でゆっくりと教えて欲しいなー。」
ほいっとチビからカーバンクルを取り上げて、チビを食卓に座らせる。
孤児院の子供達は、朝からお腹がペコペコだ。微妙な空気をものともせず、全員、いただきます、のお祈りの後、勢いよく食べ始めた。そこからは、戦場並みの忙しさだ。橘花達がゆっくりとカーバンクルの話が聞ける時間になったのは、昼食後、カーバンクルも、子供たちに囲まれて、お昼寝の真っ最中だった。
もしょもしょ言うカーバンクルを子供たちの中から引きずり出して、別室に移動する。眠ったままの春日にも参加してもらい、橘花、レイバン、ミランダ、孤児院院長、で話を聞き出した。
カーバンクル化してはいるが、元は人型の白兎であったインヴァスは、橘花との契約時に、新たな契約名を与えられた。その名をセン、と言う。カーバンクルの額に残る折れた角の根本が、扇形をしていたことから、名付けられた。
そのセン曰く、
魔物、と一口に言うが、その成り立ちや強さから、大きく三つに分けられる。
一つは、所謂、低級と呼ばれる魔物。これは、魔素に影響を受けた普通の野生動物が変性したもの。一番弱く数も多い。世界のあちこちで発生するが、魔素だまりの氾濫で大量発生した場合、スタンピードを引き起こす。死ぬと魔石を残す。ネズミや蝙蝠、鳥や魚などの魔物が相当する。勿論、兎の魔物であるカーバンクルも低級魔物だ。
次に、上級と呼ばれる魔物。低級の魔物の死後に残された魔石を核として魔素が集まり、疑似生命を持ったもの。核となった魔物の性質に大きな影響を受けるが、基本、唯一無二。二度と同じ魔物は生まれず、独特の特性をもつ。死ぬと、魔素に還り何も残らない。ドラゴンやキメラなど、生物としてあり得ない生態の魔物がこれだ。
そして、最後に、魔神。自分のような異界の神もしくはその眷属。魔物に含まれるのは、魔素を体に取り込み、この世界に適合した外殻を纏っているから。かつて、海神・大綿津見神の使いをしていたニーラカーナと呼ばれる島サイズの亀もこれに相当する。魔神は他の魔物やこの世界の生物と存在の根本が異なっている。故に魔神は死なず、殺せない。ただ一つ、故郷を同じくする異界の神の力をもってのみ、魔神は害する事が可能だ。
だから、本来なら、インヴァスことセンは、レイバンのあんなちっぽけな剣一つで瀕死の重傷を負うはずがないのだ。彼が死にかけた理由。それは、彼を刺したあの剣が、異界の少女の祝福を受けた騎士が放った攻撃であった事。そして、彼が魔神本来の姿を失っていたから。異界の神子の力により、上書きされた結界は、彼から魔力の元である角を封じたばかりか、彼をカーバンクルと言う下級の魔物の中に閉じ込めた。あの体では、本来の力の十分の一も使えない。それでも騎士の腕を食いちぎったのだから、オリジナルの力は推して知るべしである。
「異界の少女の祝福?」
橘花は首を傾げた。センは異界の少女と異界の神子と使い分けた。ならば、神子は春日で、少女は橘花だ。
私はいつ、レイバンに祝福を与えたのだろう?
あの時の記憶は曖昧で、武流に会えた時以外は、霧の中をぼんやりと歩いていた印象しか残っていない。答えを求めて、レイバンを見た橘花は、自分を愛おしそうに見つめるその表情に、みるみる赤くなった。
レイバンは理解する。
祝福は、橘花の口付け。
彼女から与えられたものでは無く、むしろ、パニックから過呼吸になった彼女の息を整える為に、行った医療行為。ヨハン王子やクラウスの見ている前で、レイバンが自らの唇で彼女の唇を塞いだ。あれを口付けと呼ぶのは間違っている。但し、それは祝福として正しく働き、レイバンを魔物の毒から護り、彼の剣に破魔の効果を付与した。
だから、橘花は覚えてなくていい。彼女の記憶に刻まれるような口付けは、これから作っていく二人の関係次第だ。零れ落ちたそのシーンを彼女と共有する気の無いレイバンは、意味深に笑った。
結局、言葉の問題は、センに触れていなければ今まで通り、で約束が結ばれた。
橘花の言語学習熱はこれまでにない高ぶりをみせた。
その一方で、こんな重大な話を聞かされた孤児院院長は頭を抱え、ミランダは王都のヨハン王子に向けて緊急の魔法の鳥を飛ばすのだった。




