異世界 49
「キッカ、お話じょーずになったね。」
ある朝、子供たちの朝食の準備をしていた時、そう言われて、キッカはニコニコと笑った。
「ありがと。うれしい。べんきょ、がんばった。」
「いや、マジで。そう言えば、キッカ、めっちゃ勉強してたな。でも、昔の下っ足らずな話し方もすんげー可愛かったんだけどなー。」
そう言って橘花の顔を覗き込んだもののレイバンは首を傾げた。「でも、流石に上達早くね?」
「え?そう、かな。」
自分ではまだまだカタコトだと思うのだが、意外とちゃんと話せているのだろうか。だが、確かに聞き取りの能力は上がったような気がする。周りの会話が違和感なく耳に馴染む。テーブルの端に座って、こっそりパンと今日の掃除当番を交換しようとしている男の子たち。今度の休みにはお誕生会の飾り用の素材を買いに行きたい、と相談する女の子たち。
確かにこれまでの橘花なら、朝の食卓の賑やかな環境であちこちで言葉が飛び交っているような所では、自分に向けてゆっくり語られた言葉で無ければ、理解できなかった。
それが、いつからだろう。こんな、ガヤガヤと皆が好きな事を言い合っているその内容が、日本にいた時のように理解できている。
あまりにも自然で指摘されるまで、おかしい、とさえ思わなかった。
それはレイバンやミランダなど、この孤児院に残って、橘花と春日と生活を共にしている者も同じだった。
「こんな事ってあるんだなー。すごいな、橘花は。天才!」
手放しで褒めるレイバンに橘花が真っ赤になる。
「残念だが、そんな都合の良い話は無いぞ。言葉に不自由しないのは、我と契約したからだ。」
ぶらーんと子供に前足の付け根、脇の下を持たれて胴の伸びた万歳状態のカーバンクルは、持っている子供とほぼ同じ身長に見えた。寝床から無理やり引きずり出され、大きなあくびをしながら食堂に現れたカーバンクルの爆弾発言に、橘花達は驚いて、目を丸くした。
「大体、魔神たる我が、下等なヒト族の言葉など使う訳がなかろう。我は我の言葉を使っている。お前たちにどう聞こえているかは知らぬが、意味は通じる筈だ。意思疎通を言葉に頼るなど原始的。契約者たる橘花も我とまた同じ。言いたいことは、正しく伝わり、言われた事は発言者の真意のままに聞こえる。」
「それって・・・、ひょっとして」
「嘘を見抜ける?」
「本当の事しか言えない?」
契約者になってそんな副次的効果があるとは、思いもよらなかったが、お互いに意志がそのまま伝わるのは、良い事ばかりとは限らない。むしろ、人間関係を壊してしまう危険性の方が高いように思われた。
〈そんな効果はいらないから!全て本心とか、無理!〉
真っ青になって悲鳴をあげる橘花に、カーバンクルは、自分を抱いている子供ごと、大きく首を傾げた。日本語で叫んだが、流れから言って、当然、全員に意味は伝わっている。
「何故?意思疎通に困る事は無いぞ。それに、慣れれば、本音と建て前の両方が聞け、面白いぞ。」
〈いらない、いらないから、そんな能力。消してください。〉
何が不満だと、口をとがらせるカーバンクルを必死で説得する橘花を、契約者なのだから契約の名において命じれば良いのに、と思う。だが、きっとそんな事を思いつきもしないのだろうなあ、とレイバンは納得した。
「何それ、怖すぎ。でも、それなら、取り消されないうちに、キッカに伝えておこうかな。」
にっこり笑って、レイバンは橘花を真剣な目で見つめる。
「バン?」
「キッカ。大好きだよ。」
「どう?間違いなく(どういう意味での好きかも)伝わった?」
ボン!と音を立てそうなぐらい、真っ赤になった橘花に、どうやらちゃんと伝わった上で、嫌われてはいないようだと、満足げにレイバンは頷くのだった。




