現世 44
いつの間にか、夕陽は沈み、辺りは暗くなっていた。晴れていてば、満天の星空が見えるはずの南国の夜空は、薄雲が邪魔をして、彼らの飛行艇の灯りだけが、世界に光をもたらしていた。
「大和、悪かった。どうかしていた。諦めるつもりは無い。まさか、自分があれほど追い詰められているとは思わなかった。だが、もう大丈夫だ。あの女とは完全に切れたし、この裏切りを利用して照姫に譲歩を持ち掛ける事も出来る。」
武流は黄泉平坂の鍾乳洞探索をする為に、照姫の神域に入る免符を渡されていた。これを持っている限り、出雲衆は武流に手出しが出来ない。
はずだった。
にも拘らず、武流は殺されかけた。これは明らかな照姫の失態だ。
照姫の提案を受け、この免符を手に席を立った時から、武流は天正真美を完全に無視した。出雲衆の最高位にある照姫と直接交渉可能となった時点で、彼女は用済み、もっと言えば、橘花に悪意を持っていた女など、意識から排除した。だから、天正真美が別れ際、自分を殺しかねない目で見ていた事を武流は知らない。
天正真美としては、島に一人残った武流が不慮の事故で、行方不明。と言うシナリオだったのだろう。ご丁寧にも、武流の荷物は砂浜に置かれ、テントやターフまでちゃんと設置されていた。
「まさか、生きているとは思わないだろう。きっと、今頃は悲劇のヒロインに浸っている筈だ。」
そう不敵に笑って、武流は先に休む、とベッドに横になった。
流石に死にかけたのだ、精神的な負担は大きい。それに、大和が来てくれた事で、安心もしていた。
その言葉をきっかけに、大和とギュンター王子は、キャビンを出て、飛行艇のデッキにむかった。
今後、天正真美と接触する必要がなくなれば、武流の橘花に対する後ろめたさが軽くなるはず。自分で言ったセリフを思い出して、大和はそんな未来が来ることを切望した。
「そろそろ、時間だ。」
そう呟いた大和の体が、一瞬、何かに包まれたように霞んだ。
日付の変わる午前0時。天正真美に渡した腕時計から、装着者の巫力が送られてくる時刻。
「天正真美はまだ腕時計を着けているみたいだね。武流兄が言ったように、行方不明の恋人を心配する役に酔っているのかな。別の、とても強い巫力も少し混じってる、これって、照姫の?
ねぇ、武流兄。僕たちは、ちゃんと前に進んでいるよ。橘花と春日に、もうすぐ手が届くよ。」
そう微笑むと、大和は黄泉平坂鍾乳洞のある島の方角を見た。武流は島から西南に少し流されていた。飛行艇は海上をゆっくり出雲衆の本拠地の島に向かって航行中だ。隠形の巫術をかけているので、どうしても速度は遅くなるが、それでも翌朝には島に着くはずだ。
そこから先の悲喜劇を想像して、大和は悪い笑顔を浮かべた。
「お代は見てのお楽しみ。目には目を、命には命で払ってもらいましょう。」




