異世界 47
「待ちなさい、レイバン・プラハ=ハウゼン。」
ヨハン王子は、冷静にカーバンクルを観察していた。余裕があるように見せかけているが、魔物の持つ魔力は確実に失われていっている。恐らく、話を長引かせれば、無理に角を奪わなくとも魔物は力尽きて死ぬだろう。しかし、そうなった場合、赤騎士の腕が治る可能性も同時に消える。
勿論、彼の言うように、魔物の言う事を信じるなど、愚かしいとはヨハンも思う。しかし、騙されるにせよ、可能性があるのなら、それに乗ってみるのは、この場合、悪い事ではない。何故なら、レイバンの右腕が使えなくなる、と言う事は、そのきっかけを作ってしまったキッカが、気に病むからだ。それに、やはり、会話の成立する魔物は貴重だ。
「話を聞くだけ聞いてみましょう。"取引”内容によっては、考えてみても良い。」
渋々、レイバンは角から手を放した。キッカ共々、クラウスが引きずる様に彼らを檻から遠ざける。
「で、”取引”の内容は?」
『我を角に触れさせること。その対価に、お前たちの知りたい事を教えてやろう。』
「やれやれ、話になりませんね。」
ヨハンは肩をすくめた。「もう、その段階はとっくに過ぎていますよ。」
この3日間、ずっとだんまりを決め込んだのは、あなたでしょう、とそれは対価として安すぎるとヨハンは言う。
『では、何を求める。』
「そうですね・・・。」
本当は知りたい事は山の様にある。しかし、ここでそれに飛びつくのは得策ではない。相手は命の期限が迫っているのだ。交渉はこちらに有利。自分の好奇心を満たすだけの取引は出来ない。こうしている今も、魔物は各地で湧き、人々が戦っている。この状況を引き起こした原因としてジュラ王国は周辺各国から厳しい目で見られている。
ヨハン第一王子は、魔物たちから人々を守り、政治的にも国を守らなければならない立場にある。
「あなたには私と契約して魔物たちを退ける手伝いをしてもらいましょう。」
「は?」
インヴァスは思わず、素で聞き返してしまった。「お前と契約?」
「そうです。私は魔物からこの世界の人を守りたい。あの美しい結界を張られた先代の神子様は、自分たちで魔物から身を守る方法を探すようおっしゃった。私はその答えをずっと探し求めてきました。しかし、魔物の事を何一つ理解していない私達では、答えを見つけられなかった。あなたの命が助かったのなら、その命を私たちの為に使って欲しい。だが、魔物を信じる事は、流石に出来ません。」
「だから、契約か?」
「そうです。あなたは契約者に逆らえない。契約者はあなたを害さない。」
「ふん。随分とそちらにだけ有利な契約の様だ。」
「仕方ないでしょう。あなたの命は今や風前の灯火です。ですが、理不尽な命令はしませんよ。」
確かに、この問答の間にも、カーバンクルの胸からは血と共に魔力が流れ続けている。
「良いだろう。但し、誰と契約するかは、我が選ぶ。」
そう言って、インヴァスは橘花を指名した。




