異世界 46
心臓を貫かれても、魔力の塊である角と間接的ではあるが繋がっているカーバンクルは、まだ、生きていた。直ぐに魔力で心臓を再生すれば、何の問題も無く、元通りだ。しかし、そうするには、食いちぎられてさえ、角を手放さない人間の手首が邪魔だった。再生するには角の魔力に直接触れる必要がある。
咥えた手首を放してしまえば、魔力の流れが途切れ、その時点で死んでしまう。
『どうする、どうする。』
インヴァスは焦っていた。
早くしないと、人間にまた角を奪われてしまう。そうなったら、今度こそ、待っているのは死だ。
『何か、何か使えるものは無いか。』
血の気の無い顔をしながら満足げに口角を上げる目の前の人間。我が死んだと思って油断しているこいつも、もう時間の問題だ。傷口から入った魔素が、じわじわと体を巡り、直に死ぬはずだ。
・・・?
おかしい。何故、激痛に悶えない。直接体に入った魔素は人間に強い痛みをもたらす筈。そう言えば、こいつは食いついた最初から、痛みなど感じていないようだった。
霞んでくる目に、血塗れの腕を止血する白い姿が映った。
『天津神の末裔!?』
まさか、まさか、そんな事が可能なのか?我の魔素を浄化?
簡単に騙された異界の人間・天津神の末裔は、もう一人と違い、何の神の力も持っていない様に見えた。それが間違いだったのだろうか?
《娘。我の願いを聞いてはくれないか。》
突然、頭の中で声がした。
橘花は真っ青になりながら、レイバンの止血を試みる。傷口を心臓より高くして、腕の付け根を強く縛り付ける。それが正解だったかも確かではない。何せ、テレビで見たような気がするだけなのだ。早く、ちゃんとした治療が出来る人に診てもらわないといけない。けれど、初期治療が予後を左右することがあるのだ。
そんな状況で話しかけられて、まともに判断する事が出来るはずもない。
〈今、それどころじゃないの。彼を早くお医者さんに診せなくちゃ。〉
《我の角を使うと良い。これは、魔力の結晶だ。》
〈え?〉
そこでようやく、橘花は自分に話しかけてきたのが、死にかけのカーバンクルである事に気が付いた。
「キッカ!レイバン!」
護衛を伴い、ヨハン王子がこちらに走ってくる。
「来ちゃダメ!生きてる。」
橘花の叫びに、ヨハン王子の足が止まった。
魔物の胸にはまだレイバンの剣が刺さったままだ。その状態で生きているとは、このカーバンクルがかなりの上位魔物である事を意味する。忘れていたが、この姿になる前は人型の白兎で結界を破る力を持っていたのだ。
インヴァスは、警戒し、檻を囲むように剣を抜き取り囲んだ兵士たちに、もう一度、橘花を籠絡する事を諦めた。
『ヒト族よ、取引だ。我の角を与える代わりに、我の命を助けよ。』
キッカだけに話しかけていたのを、ヨハンやクラウスなど、比較的近くにいるヒト族の心に魔力で直接、話しかけた。
話しかけられたヨハン王子の目がスッと細くなり、何事かを呟いた。
「誰彼構わず、頭の中に侵入するのはあまり感心しませんね。」
そうして、騎士達に注意を促し、下がるように合図した。
「精神干渉系の魔術です。簡単な無効化の魔法を展開しましたが、カーバンクルから距離を取って下さい。クラウス、キッカとレイバンをこちらに。
取引、と言うのなら、最低限のマナーは、守ってほしいものですね。」
『そうは言っても、我は口を開けば、角との接続が切れ、死んでしまうのでな。念話にするしかない。』
悪びれずに答えるカーバンクルをレイバンが笑い、左腕を伸ばした。
「いい事聞いたなあ。なら、さっさとその角、回収しよう。」
『良いのか?お前の腕を元通りにする方法を知りたくは無いのか?』
「あ”?興味ねぇな。」
あっさりと答え、角を鷲掴む赤騎士に橘花が飛び上がった。
「ばん!手、もどる!?」
「魔物の言う事なんて、信じちゃ駄目だぜ、キッカ。別に俺はこんな事でこまりゃしねーし。」
おー、流石、俺。がっちり握って放さねーわ、と軽口を叩きながら、切断された自分の右手首からカーバンクルの角を引き剝がそうとするレイバンに、気が遠くなりかける橘花だった。




