異世界 45
さっきまで、自分は武流の腕の中にいた。幸せだった。でも、寂しかった。満ち足りている筈なのにどうしてだろう。
「・・・。・・・!」
小さな音がしている。
違う。音じゃない。声、だ。人の声。最近、毎日聞いていた声だ。
『怒ってる。』
何に?
『心配してる。』
何を?
『悲しんでいる。』
どうして?
息苦しくなって、キッカは驚いて目を開けた。
「キッカ、目ぇ覚めたか。」
思いがけず近くで聞こえた声は、まだ幼さを残した子供の様で、それがいつもの強気な彼とは違う印象を与えた。
「ばん?」
「良かった。少し、下がってろ。」
彼らしくない突き放したような言い方で、乱暴に遠ざけられる。
「!?ばん?」
「白騎士の!キッカを連れてけ。」
おかしい。何か、おかしい。
ここは?外。どうして?私は寝ていた筈。でも、声がして。
あれ?
「キッカ、こちらへ。」
いつかのように、白騎士の騎士服の上着がキッカをぎゅっと包んだ。
キッカの腰に回されていたレイバンの左腕が離れる。
その温もりが消えるのがやるせなくて、キッカは引かれたクラウスの手に抵抗した。このまま、レイバンを残してはいけない気がした。
彼女の温もりが自分から離れるのを待っていたかのように、レイバンは殺気を纏う。
「おい、そのまま咥えとけよ。首、落としてやる。」
身がすくむような恐ろしく低い声には、だが、愉悦が隠れていた。
さっきまで優しくキッカを支えていた左手には、緩やかな曲線を描く片刃の剣が握られていた。そして、檻の中に入れられた右手は。
しっかりとカーバンクルの折れた角を握りしめたその右の手首に、がっつりとカーバンクルの牙が食い込んでいた。
「ばん!」
思わず叫んだキッカの声も今はもう、レイバンには届いていない。
ダラダラと流れた血が檻の中を汚し、ギラギラした目がお互いを敵と認め、その他の存在を意識の外へ追いやっていた。
食いつかれたままの右腕を捩じり、レイバンは、何とか檻の隙間から角を取り出そうとする。邪魔な頭を落とそうと、左手の剣をカーバンクルの首めがけて隙間から振り下ろした。
ギロチンの刃の様に鋭く振り下ろされたそれを、カーバンクルは間一髪で躱す。
「ぐうぅ。」
レイバンの右腕を噛んだまま、体を捩じってよけたカーバンクルによって、レイバンの手首から、また新たな血が飛び散った。
しかし、レイバンはそれをものともせず、右腕を思い切り引いた。
ガン!と激しい音がして、カーバンクルの頭が檻にぶち当たる。同時に、レイバンの手首に噛みついていた牙によって、傷口が広がる。
肉が裂け、握力が抜けていく。流れる血で更に手が滑る。それでもレイバンは角を放さない。カーバンクルも手首を食いちぎろうと、牙を益々食い込ませた。
レイバンの左手の剣がカーバンクルの心臓を狙う。
深々と剣が魔物に突き刺さると同時に、赤騎士の右手首から先は魔物に食いちぎられて、角ごとカーバンクルの口に持っていかれた。
声にならない悲鳴がキッカの口から漏れた。




