現世 40
武流が案内された、黄泉平坂は鍾乳洞の入口だった。
沖縄本島の玉泉洞に代表されるように、沖縄には鍾乳洞や洞窟が多い。ここもその一つで出雲衆が管理している為、世間には全く知られていない。
記紀に書かれた黄泉平坂は、黄泉の国と現世を繋ぐ場所で、失った妻伊邪那美に会いに行った伊邪那岐が通ったとされている。
何故、そんな所に八咫鏡の欠片があるのか。
理由は因幡の白兎にある。
邇邇芸命の無理難題を八咫鏡を割ることで解決した白兎であったが、その秘密がバレて、鏡の欠片を奪われる事を恐れた。白兎は八咫鏡を邇邇芸命の子孫の手の届かない所に隠すことにする。
それは、伊邪那岐と伊邪那美の最初に産んだ子、蛭子命が海に流されてたどり着いた地。記紀では流された後、どうなったかは明記されていないが、白兎は蛭子命と同じく、蘆の船に乗り、海に流れてその地にたどり着いた。その時に通ったのが、後に黄泉平坂と呼ばれるこの鍾乳洞だ。海と繋がった鍾乳洞は非常に珍しく、知られているのは石垣島のサビチ鍾乳洞のみだ。
なぜそこまでわかっているのに肝心の鏡の欠片が見つからないのか。
白兎に従い、海から黄泉平坂の鍾乳洞に向かった武流は、早々に、その訳を知った。そして、照姫の要求の無謀さに、『これは、出雲衆が千年かけても見つけられないはずだ』と、溜息が出る。
何せ、鍾乳洞の入口が狭い。
形を持たなかった蛭子命や兎が通れたのは、物理的に小さかったからで間違いない。
事前に渡された資料には途中で途切れた鍾乳洞の地図があったが、出雲衆のこれまでの探索は体の小さい女性や、子供を使って少しずつ進めていたらしい。時には何年も鍾乳洞の中で暮らし、成長して出られなくなった者もいた、とか。ここはいわゆる”聖域”な為、物理的に入口を広げる方法が取れない。近年になって、レーザーや電磁波など様々な機器を使い、地下空間解析が進んではいるが、鍾乳洞内の現地調査は行われず、八咫鏡の欠片の発見には至っていない。
「・・・他の入口は無いのですか?」
「あれば、お前に頼みはしない。」
ぶっきらぼうに答えたのは天正真美の側近の寺山。相棒の藤川は、武流に吹っ飛ばされた怪我が、治っておらず、まだベッドの上だ。
『潮の満ち引きでどこかに入れる所が現れたりは、しない?地上が無理なら海中か?』
祭神・照姫の依頼であるから、黄泉平坂までの船は出してくれてはいるものの、出雲衆は非協力的だ。こんな状態で調査など出来ようはずもなく、武流は仕方なく、一旦戻る事にした。
帰港を寺山に告げようと振り返った時、頭に衝撃を受け、そのまま海に落ちた。
薄れゆく意識の中、キラキラした水面の向こうに、満足げに歪む男の顔を見た。
「武流兄!」
強烈な吐き気が大和を襲った。一気に巫力を持っていかれて、巫力切れを起こしかけている。
「ヤマト!」
「ギィ、魔力頂戴!」
異世界人に手を伸ばす。ここで意識を失う訳にはいかない。武流に渡した腕時計の魔法陣が発動したのだ。それは、彼が命の危機に直面している事を意味する。
絶対防御を付与した腕時計は、その発動に、大和の巫力を使う。丹田に焼き付けた魔法陣が光を発していた。
「あいつら、やりやがった・・・。」
ギュンター王子に縋りついて、彼の体内魔力を分けてもらう。
「助けに、行かなきゃ。」
春日、橘花に続いて、武流まで、出雲衆に奪われてたまるものか!
脂汗を滲ませながら、起き上がる大和を抱きかかえるように支えて、ギュンターも歩き出した。




