現世 38
「さて、改めまして、ご挨拶申し上げます。伊勢一族が一人、御影武流、と申します。この度、出雲衆の祭神様にお会いする事が叶い、恐悦至極に存じます。我らの間に、些かの誤解があった模様ですが、これを機に相互理解が進むことを望む、と我らの長からの言伝でございます。」
上機嫌の照姫は、母屋の中に武流を招き入れた。御帳台の帳も上げさせた為、流石に二人きりとはいかず、天正貴志・真美親子も同席している。
一段高い上座に、こちらに背を向けて座っている十二単姿の人物。その声と体格から十代前半の少女か?彼女は鏡台に乗せた丸い鏡に向かって話しかけており、武流たちの方を見ようともしない。流石に失礼ではないかと思うのだが、天正親子の様子から、これが作法なのかもしれない、と武流はひとまず、納得することにした。
武流からは鏡に映った顔の半分しか見る事は出来ないが、鏡の中から自分を見つめているのはとても美しい女であった。
「堅苦しい挨拶は不要じゃ。其方は妾を十分満足させる結果を出して見せた。その実力は本物ぞ。なれば、妾の願いを叶えてたもれ。」
なにか言いたそうに口を開けたり閉めたりする天正貴志を、鏡越しの視線で制し、照姫は続ける。
「其方には黄泉平坂でこの鏡の欠片を探し出して欲しいのじゃ。」
「駄目です!」
天正真美の叫び声が響いた。それに対して、照姫は面白そうに口角を上げただけで、先程の貴志の時の様に、口の利き方を咎めはしなかった。
「ああ、勿論、其方が望まぬのなら、強要はしない。其方は出雲衆ではないし、其方の望みが妾が叶えられるものでは無い可能性もある。」
「私の望み、を、お分かりか?」
鏡の中の女の顔が妖艶な笑みを浮かべる。
「わからいでか。妾の鏡にはこの世の事象が全て映し出される。其方は奪われた斎宮巫女と恋人を取り戻したいのであろう?」
「武流さんの恋人はわたくしですわ!」
己が祭神に向けるとは思えない怒りを含んだ無礼な叫びも、照姫は無視した。まるでそこに天正真美など居ないかのように、彼女は武流の反応だけを見ている。
照姫の言葉に、彼は、冷ややかな、いっそ底冷えする声音で照姫に問い返した。
「可能、なのですか?」
「簡単ではないがの。」「可能、なのですね。」
「武流さん!」
「可能、だよ。其方は、出雲衆が使役する妖がどこから来ているか知っておるか?」
「照姫様!」
天正貴志も真美も、次々、秘密をばらしていく照姫に赤くなったり青くなったりしながら、腰を浮かせる。
「黙りゃ。そもそも、其方らが情けないから、この様な仕儀になっておるのじゃ。悔しくば、さっさと鏡の欠片を取り戻してみせよ。」
そう、断罪されると言い返すことが出来ない。
照姫の覗いている鏡は、三種の神器の一つ、八咫鏡だと言う。八咫鏡とは、天照大御神が天岩戸に隠れた際、そこから出てもらうために使われた鏡で、天孫降臨の際、天照大御神から邇邇芸命に渡され、後に伊勢神宮に祀られ、源平合戦で失われた事になっている宝物である。
照姫は、八咫鏡には、出雲衆の祖先である大国主命と邇邇芸命の間の因縁が絡んだ複雑な経緯がある、と語り始めた。




