現世 37
「勝者には、妾の名において、何でも一つ願いを聞いてしんぜよう。」
少女のその言葉に、控えていた者達の間に、ざわめきが広がった。
「お待ち下さい、照姫様。その様なお言葉を不用意に申されてはなりません。」
慌てて止めようとした天正貴志の言葉に、すん、と帳の後ろの気配が変わった。
「ならぬ、と、申したのか?貴志。」
はっとして、額を畳にこすりつけ、先程までふんぞり返っていた出雲衆統領が平伏する。
「とんでもございません。臣はただ、御身の御心を煩わす事の無いようにと、」
「黙りゃ。」
少女の声は鋭さを増す。
「其方に妾の心など慮ってもらう必要など無いわ。これ以上、妾の楽しみの邪魔をするつもりなら、覚悟しやれ。」
「は、はぁぁ。」
平伏したそのままの姿で後ずさる天正貴志に、部下たちも同じくしっ責された様に、顔色を悪くする。
そんな空気の中、疑問を解決するすべく、武流が口を開いた。
「出雲衆が祭神・照姫様に、伊勢一族が一人・御影武流が言問い申し上げる。」
「許す。」
「先程、おっしゃられた”勝者には、妾の名において、何でも一つ願いを聞いてしんぜよう。”は、私にもあてはまりましょうや?」
「勿論じゃ。」
「ありがとうございます。では、もう一つ。その”何でも一つ聞く”の”聞く”は、あくまで”聞くだけ”であって、”叶える”では無い、でよろしいでしょうか?」
その言葉を聞いた途端、帳の向こうがキラキラと輝いた。
「漸く、妾の話を誠に聞く者が現れた様じゃ。
良い良い。御影武流よ。流石は、伊勢の斎宮巫女の守護者じゃ。
よろしい。其方がその力を示し、この場の勝者となったうえで、妾の願い事を叶えてくれたなら、一つと言わず、三つ、何でも願いを叶えてしんぜよう。」
「ありがたき幸せ。」
そう頭を下げる武流に、上機嫌で照姫は言う。
「これこれ、まだ、礼には及ばぬ。其方は先ず、今、そのままの姿で、ここの者らに勝たねばならぬのじゃぞ。」
「このような状況、ハンデにもなりません。」
そう言い放った武流に、むっとした出雲衆の殺気が注がれる。そうして、武流を見た者は、首を傾げた。藤川はこの男に後ろ手に手錠をかけたのではなかったか?
今、この男の腕は、前に組まれている。
何が起こった?何をした?
「では、始め、じゃ。」
照姫の合図と同時に、疑問を持っていた者も持っていなかった者も、一斉に武流に向かって行った。
そして、それからの数分間は、正しく武流の独壇場だった。
一番に武流に向かって行った藤川は、近付く事すら許されなかった。腕が届かぬ距離で何かに殴られ壁際まで吹っ飛び、そのまま意識を失う。その隙を狙っていたもう一人の白装束は、何かに首を絞められ落とされた。三番目に来た男は腹に強烈な一撃を食らい、食べたものを吐いて、自分の吐しゃ物の中に顔を浸けて気絶した。
あっという間に三人を倒した武流に、襲い掛かろうとしていた者達は、慌てて立ち止まる。武流はそんな者達の前で、いつの間に剥ぎ取ったのか、白装束の頭巾を器用に結んで、腰に巻いていた。そして、左の拳には金属製の輪状の武器?を持っていた。
「何故だ!何故?手錠はどうした?」天正貴志が叫ぶ。
「手錠?これですか?」
武流が握っていた左拳を開くと、じゃらり、と音を立てて、左手首に手錠がぶら下がった。
「手錠を抜けるのは、基本のき、ですよ。」そう言うと彼は眼鏡をくいっとあげた。
更に数分後、その場に立っていたのは、武流のみ。圧倒的な実力差を見せつけて、彼は、勝った。
「見事じゃ。見事じゃ。」
鏡の中の照姫は大喜びだった。




