異世界 40
戦闘は突然終わりを告げた。
溢れ出ていた魔物たちは一瞬にして掻き消え、消滅はしなかったものの白兎は、死にかけのカーバンクルに姿を変えていた。何が起こったのか理解の追い付かない騎士達があちらこちらで、呆然と、それでも剣を握りしめたまま立ちつくしている。
結界修復が可能なヨハン王子には、今、この北の海峡を覆った結界が、非常に強固な物に上書きされた事がありありとわかる。一瞬にして成されたその業に鳥肌の立つ思いだ。
間違いなく、これは、眠れる神子の仕業である。当の本人は、相変わらず、車椅子の上でピクリとも動かない。
キッカが必死に何か呼びかけているようだ。彼女から詳しい話が聞けると良いのだが。
ヨハンは足元のカーバンクルを見つめた。白兎であったなら、色々な情報を持っていたであろうこの魔物、こうなってしまっては、全く無価値、
と、そこまで考えた時に、ひょい、とカーバンクルの首の後ろを鷲掴んだ者がいた。
「キッカー。兎、食う?」
ぶらーんと、ぶら下がったカーバンクルを持ってレイバンが振り返った。
「カーバンクルって結構、旨いよ。羽耳と角は素材に使える。何か作る?」
ヨハン王子を始め、周囲の騎士たちは、ぎょっとした表情でレイバンを見返した。
「こ、この我を食べる、だと!?例え、見かけは最弱カーバンクルであろうと、このインヴァス、その辺のヒト族になど遅れを、」
死にかけでぐったりしていると思われたカーバンクルは、レイバンに持ち上げられたまま激しく暴れた。
次の瞬間
その額から、ポロリ、と角が落ちた。「あああああ!?」
絶叫が響き渡る。そして、今度こそ、カーバンクルはがっくりと意識を失った。
人々の視線が、落ちた角に向けられる。
それは、禍々しい程の魔力の輝きを放っていた。
「どうすんの、これ?」
レイバンの途方に暮れた声は、図らずもその場の全員の心境を代弁していた。
取り敢えず、海峡の砦にあった最も頑丈な檻に、カーバンクルは入れられ、ヨハン第一王子が封印を施した。直ぐに殺さなかったのは、情報を取る為である。素直に話すとは思われないが、会話可能な知能を持った魔物など、誰もが初めての遭遇だ。これまで未知だった魔物の世界の様子が知れれば、今後の討伐の助けにもなるだろう。
それに、今もなお、砦からそう遠くない大海原の真ん中に、ニーラカーナであった亀の魔物は留まっている。そうしているとやはりただの島だ。しかし、この目で、あの巨大な物が動くのを見ている。何故、移動を止めたのか、目的地はあるのか、そこにはどれぐらいの魔物がいるのか、その種類は?等、知りたい事は山の様にある。
カーバンクルは檻の中、向こうを向いて眠ったふりをしている。
しかし、一番、確認しなければならないのは、神子の状態だ。結界を上書きしたのは、今は、砦に戻り部屋で休んでいる彼女の筈だ。意識のない筈の神子が、どうやって結界を上書きしたのか?いや、そもそもが、どうしてあのベストなタイミングでそれが出来たのか?意識は、本当に無いのか?
一番に近くにいたキッカからは、言葉の壁で微妙なニュアンスが伝わらない。
「起きた、ない。また、眠った。時間、かかる、いった。」
では、彼女たちを護っていたクラウスはどうか。
戦闘に集中していて、全く、気が付いていなかったらしい。
彼をはじめとする、一般の騎士たちには、突然、魔物が消滅したように見えた、と言う。それまでの重苦しかった空気が、一瞬にして軽やかなものになり、体を押さえつけていた圧力が消えた事で、思うように剣を振るう事が出来るようになった。
気が付けば、周囲に魔物はおらず、結界を超えたところに、横たわるカーバンクル。
彼らにとっては、それが見たまま、感じたままの現実だった。




