現世 36
結果的に、武流は腕時計も眼鏡も外され、全くの全裸にさせられた。身に着けているのは右耳のオニキスのピアスのみ。しかし、何一つ恥じるでもなく、その場に堂々と立っている。剥ぎ取られた服はポケットは元より、不自然な縫製が無いかまで調べられ、ベルトのバックルや靴底まで開けられた。何を期待していたかは分からないが、何一つ不審なものは見つからなかった。
そう統領に報告するのは、藤川。最も武流を憎んでいる男がどこにも武器を隠していない事を悔しそうに報告した。
「む。」
『こいつは馬鹿か。牢に入れろと叫びながら、適当に何かを見繕う事も出来ないのか?』
天正真美が大切ならば、手段を選ぶべきでは無い。たった1本の針で良いのだ。毒が塗ってあるかも、と言えば、それで牢に入れる十分な理由になる。使えない部下に、天正貴志は不機嫌を隠さなかった。
「納得して頂けましたか?武器の携帯なんて必要無いでしょう。彼女の実家に遊びに来たのですから。」
この場合の”彼女”はガールフレンド、の意味ではなく、あれ、とかそれ、と同じ三人称の彼女の意味。”携帯が必要無い”はわざわざ、武器を持ち歩く必要が無いだけの話。武器など無くとも、このはめられた手錠だけで、あっという間に優位に立って見せる。しかも、下肢は縛られてすらいないのだ。逃げ放題では無いか。正直、今の武流は出雲衆のあまりの危機管理の甘さに気が抜けてしまっている。
一方、天正真美は、武流の言った”彼女”をガールフレンドの意味に取った。”彼女の実家に挨拶”そう脳内変換されて有頂天になっている。
「そうですわ、お父様。これでお判りになったでしょう。武流さんは、お忙しい中、わたくしの為にわざわざ、来てくださったのです。野蛮な事はおやめください。」
いつまでも、裸の男を立たせておくわけには行かない。かと言って、身に着けていた物はともかく、武流の持ち込んだ荷物の検査はまだ終わっていない。その荷物に武器があった事にしようと、側近を呼び寄せて耳打ちをする。取り敢えず、娘を引き離すべく、武流に退室を命じようとした時、
「待ちや、貴志。」
寝殿の奥、開け放たれた蔀戸の向こう、更に一段高くなった正方形の台の上に四隅に丸い柱を立て布を垂らした御帳台の帳の向こうから、まだ若い少女の声がした。
その途端、その場にいた者達全員が跪き、首を垂れた。ただ一人、武流を除いて。シンとした中に驚きの空気が満ちている。
武流の耳に、「照姫、どうして・・・。」と呟く真美の声が届いた。
『照姫?』
それは、噂でしか聞いた事のない出雲衆の祀る女神ではなかったか?
周囲に合わせて、己も、跪く。但し、視線はまっすぐ、帳の向こうを見つめる。全てを記憶するその目で。
「ほほ、良い眺めじゃ。流石は、伊勢一族の暗部じゃのう。その腕前の程、見てみたいものじゃ。」コロコロと楽しそうな笑い声の後に続くのは、「誰か、そやつの相手をせぬか?」と言う問いかけの形の命令だった。
「勝者には、妾の名において、何でも一つ願いを聞いてしんぜよう。」
武流を含め、全員が驚愕に顔を上げた。




