現世 35
やがて、軽やかなチャイム音と共にエレベーターの扉が開くと、そこは、近代的なホテルのエントランス仕様で、荷物を受け取るコンサルジュまで控えていた。これが、出雲衆統領の娘に対するもてなしなのか、天正真美は当たり前の様に武流と腕を組んで歩き出した。
出雲衆の本拠にある”本邸”は出雲大社の古代本殿を模して造られている。その中身は小学校の体育館程の広さがあった。エレベーターシャフトの正面に1メートルほどの高さにステージが作られており、その更に奥に格子や庇で囲まれた平安時代の絵巻物を思わせる部屋があった。真正面の蔀戸は開け放たれており、その脇に、着物姿の壮年の男が座っていた。
「お父様、ただいま帰りました。」
階段下からにっこり笑いかける娘に対し、鷹揚に頷いた出雲衆統領・天正貴志は、横に立つ武流にその視線を向けさえしなかった。
そして、感情の籠らぬ声で、冷たく、命じた。
「その男を拘束しろ。」
出された命令は速やかに実行され、武流の周囲を白装束の集団が取り囲んだ。
「お父様!何を!?」
驚く天正真美は、武流の傍から引き離され、彼女の周囲も白装束の人間が壁を作っていた。
「何を、とはなんと当たり前の事を聞くのか。
ここは、出雲衆の本拠地。祭神様の御座所だ。部外者の立ち入りは禁じられている。そんな事も忘れたのか?」
「武流さんは、部外者ではありません。わたくしの婚約者ですわ。」
「いつの間に婚約したのだ?」
天正貴志の問いと同じことを、武流は思った。
「まあ良い。その男は伊勢一族の暗部だ。色々、使い道もある。しかし、そんなものを、野放しにする訳が無いだろう。武器を隠し持っている筈だ。全身くまなく改めろ。」
その言葉に肩をすくめて、武流は来ていたサマーニットをおもむろに脱いだ。どちらかと言うと着やせする武流だが、鍛えているだけあって、綺麗に筋肉が付いている。
「僕たちとあなた達は、表立った敵対関係には無かったと思うのですが
?」
そう言いながら、ベルトに手をかけるが、そこでストップがかかった。
「動くな。両手を頭の後ろに組め。」
白装束達の囲みを抜けて現れたのは天正真美の側近の一人、藤川だった。
「自分から脱ぐなど、油断させておいて何をする気だ。お館様、直ぐに、牢に」
「藤川っ!お前、何を言っているの?!」
武流の後ろから取り乱した真美の声がする。
「お嬢。こいつは危険なんですよ。お嬢が思っているような大人しい奴じゃないんです。」
長年使えて来た主家のお嬢様が、悪い男に騙され、その身を汚された時、藤川は思いが叶ったと喜ぶお嬢様とは反対に、心の中は怒りで煮えたぎっていた。いつかきっとお嬢はこの男に捨てられる。そうなったら、自分は思いつく限り残酷な方法でこいつを地獄に落とす。そして、自分がこの手でお嬢を慰めてさしあげる。そう誓って、仕えて来た。今こそ、この男の正体を暴く時!
そんな思いが先走った藤川は、武流の両腕を乱暴に掴むと、後ろ手に手錠で拘束した。
「どうやら僕はとても嫌われているようですね。仕方ありません、あなたの大切なお嬢様は僕の特別なのですから。
ですが、甘いですよ。この程度で伊勢一族の暗部が封じられる訳が無いでしょう。」
ふふふ、と口元だけで笑った武流を思わず、殴りかかった藤川は慌てて駆けつけた同僚の寺山に羽交い絞めにされた。
『とんだ茶番に付き合わされている。』
天正真美とその腰巾着との三角関係(自分を入れるなら四角?)のごたごたを目の前で見せられている。
『わざわざこんな所まで来たが、これで得るものが無ければ、この女との付き合いも終わりにする。時間は有限だ。』
身体検査と称して服を剝ぎ取られながら、薄笑いを浮かべつつ武流はそう決めた。




