現世 34
5日程かけて、クルーザーは一つの島に泊まった。その前日から、南十字星が見えており、コバルトブルーの海と気温から、明らかに沖縄近郊の多島の一つと思われた。
「ここが?」
「そうよ。出雲衆の本拠地、ニライカナイ。」
「ニライカナイって、それは沖縄の伝承にいう常世の国とか聖地と言う、あの?」
「さすが、武流さん、お詳しいのね。その通りですわ。さあ、どうぞ。ようこそ、生と死と再生を司る島へ。」
天正真美に誘われてクルーザーを降りる。熱帯特有の木々と花々の間に石造りの道が続いていた。
「お嬢。」
彼女の取り巻き(側近とも言う)の藤川が日傘を差しかけ、華やかな花柄のサンドレスを着た真美は歩き出す。桟橋の先にはリムジンが停まっており、その脇には相方の寺山が、ドアに手をかけて待っていた。
「本邸は島の反対側ですの。」
エアコンの十分に利いた車内で、優雅にアイスコーヒーを飲みながら女は言った。
時速50キロ程のゆっくりとしたスピードで車は走る。窓の外には時々、海が映り、白い砂浜や黒い岩肌が見えた。やがて車は右手に曲がり、海から離れる。深い緑の木々の間を暫く走っていると、突然、森が消え、驚くほど巨大な建造物が現れた。
それは、何百段と連なる階段。そしてその先の神殿。
「これは・・・。出雲大社の古代本殿・・・?」
「ですわ。」
かつて出雲大社に、高さ48m、15階建て以上のビルに相当する古代本殿が存在していたことは、現在ではほぼ確定されている。しかし、目の前のこの建造物は、かつて実現不可能と断言された、高さ98mの空中巨大神殿だ。
「一般の方には階段を上って頂くのですけれど、わたくしたちはエレベーターを使いますわ。」
リムジンは勾配の緩やかな階段の横をやはりゆっくりと進む。本殿社の真下、信じられない程太い柱の中央にエレベーターシャフトがあった。それは総ガラス張りで、ゆっくりと上昇していく箱の中、武流は、向こうに見える光景に息を飲んだ。
豊蘆原の瑞穂の国の大国主命は、国譲りの対価に出雲に巨大な神殿を建てる許可と、この世の目に見えない世界を司る権利を得た。
武流は今、その神話・巨大神殿を目の当たりにしている。
『この世の目に見えない世界。橘花が連れ去られた異世界もその一つか?ならば、やはり、この地に何かヒントがある?それとも、僕の思い込みに過ぎないのか?
橘花。橘花。君がいなくなってから、僕は少しずつ壊れているよ。』
黙り込む武流をこの圧倒的な力の体現に言葉も無いのだ、と勝手に解釈して、天正真美は自慢げに微笑んで、その腕に頭を擦り付けた。
「素晴らしい眺めでしょう。ここは、出雲衆の中でも選ばれた者しか、昇ることを許されていないのですの。武流さんは特別ですわ。」
「・・・それは光栄ですね。」
橘花への思いに沈んでいた武流の返事はおざなりな物だったが、得意の絶頂にいる天正真美には、それすら、感動に打ち震えるものに聞こえたのだった。




