現世 31
「武流兄。聞いて欲しい事がある。」
その日、武流の部屋を訪れた大和は、一つの箱を手渡した。
「中には時計が入ってる。女性用を天正真美に渡して欲しい。」
「・・・女性用を、と言う事は男性用もある、のか?」
ちらりと箱を見るが、手を伸ばさない武流に頷いて大和は続ける。
「僕が巫術を付与した時計。毎日0時になると、装着者から集めた巫力を僕に送ってくれる。」
「!?」
いつにない思いつめた様子と、天敵である天正真美への贈り物に、武流は、異世界の文字を解読する手を止め、かけていた眼鏡を外した。
見たものを全て記憶してしまう絶対記憶を持つが故に、脳への負担を考えて、普段は、視界を狭くする眼鏡が手放せない。それを外して大和に向き合うことで、武流はこの話を真剣に聞くと態度で示してくれた。同時に大和の言葉、視線を含めた体の動き全てが記憶される、と言う事だ。
『嘘は見破られる。誤魔化しもきかない。だから、』
大和はしっかりと武流の目を見て話し始めた。
「僕がこれから話す事は、誰にも口外しないで欲しい。橘花にもだよ。これは、春日と僕の秘密なんだ。」
「春日は、歴代の伊勢一族の中で、一、二を争う巫力の持ち主で、最高の巫女になるだろうと期待されていることは、当然、武流兄も知ってるよね。で、その双子の弟にも拘わらず、僕がなんの力も持っていないと言われていることも。」
「だが、それは、間違いだろう?大和の巫力は春日に匹敵する。」
即座に言い返した又従兄に、大和は苦笑と共に首を左右に振った。
「間違いじゃないんだよ、武流兄。僕自身には巫力は無いんだ。」
「?どういう事だ?」
「僕が使っている巫力は元々、春日のもの、なんだよ。」
そう言うと、大和は自らの掌を見つめた。
「春日は生まれる前から、巫力が高かった。妊娠中から、歴代最高の巫女の誕生、ともてはやされるぐらいにね。武流兄も聞いたことあるでしょ。
でもさ、そんなすごい巫力が赤ん坊の未成熟な体にとって安全な訳無いよね。だから、僕は春日の多すぎる巫力を受け取っていたんだ。言わば、リザーバー。で、これまでは、そこに貯めてあった巫力を使っていたんだよ。でも、春日が近くにいない今、彼女の巫力を受け取ることが出来ない。だから、もう、僕の中に残っている巫力はわずかだ。このままじゃ、魔法陣が完成しても、起動させるのに必要な巫力が足りない。」
「だから、他から補充しなくちゃいけないんだ。」
「そんな事が出来るのか?」
「その為の、時計、なんだよ。」
大和は手に持っていた箱を開けた。そこには美しいフォルムのペア時計が並んでいた。
「ひどい事を頼んでいる自覚はあるよ。でも、秘密を知られずに、効率よく巫力を集めるなら、出雲衆統領の娘であるあの女が一番なんだ。だけど、ずっと身に着けてもらうには、武流兄からのペアのプレゼント、位のアピールが必要だと思ったんだ。」
「お前が選んだのが指輪だったら、どんな理由であれ、断っていたよ。」
そう言って、武流は時計を受け取った。




