異世界 34
神子達に迎賓館を用意する、と言う辺境伯を断って、馬車はそのまま領都を東へ向かう。豪華な馬車に、道行く人々が振り返るも、不敬にもその天井に腰かけて足をぶらつかせるレイバンを見つけると、呆れたような笑い顔となった。
「お帰りー、レイバン。」「おっ、レイバン、一人か?イザークさんはどうした?」
「ばあちゃんが雨漏りするって困ってる、って院長先生に言っといてくれ!」等々。
レイバンにはひっきりなしに、領民から声がかけられる。それに向かって、「おぅ!」とか「わかった」「また今度な、」などと、軽い挨拶を返しつつ、手を振る。そうこうするうちに、馬車は郊外の孤児院に到着した。
「レイバン兄!」「「「お帰りー!!」」」「にーちゃん!」
馬車から飛び降りたレイバンめがけて、幾人もの子供たちが駆けてくる。わいわい、ぎゃあぎゃあ、とにぎやかな一群から隠れるように、春日を抱きかかえたクラウスが、そっと降り立ち、孤児院の裏口から中へ入った。しかし、続いた橘花は子供たちに見つかってしまう。
「あー、怪しい奴見っけー!」
「お前誰だ!」「黒い髪!きっと、魔女だ!」「「「魔女だー!」」」
地面の石を拾って投げつけようとする子や枝を剣の様に構える子。
言葉はわからないまま、自分が子供達に恐怖心を与えた事実に足が止まってしまった橘花は、笑い声と共にすくい上げられた。
「きゃつ!」
思わずしがみついた彼女に満面の笑みでレイバンが言う。
「キッカ、俺の弟と妹たち。」
そうして、びっくりする子供たちに向かって宣言した。
「お前らー。こいつはキッカ。俺の嫁だからなー。いじめるなよー。」
「きゃー!お嫁さん!?」「えー、魔女じゃないのー?」「お嫁さんって強いんだよねー。」
「誰情報だよ、それ。」
橘花の周りはあっという間ににぎやかになった。キラキラした瞳の子供たちに囲まれ、辺境伯たちとの会談で強張っていた橘花の心が、暖かなもので満たされて行く。
春日を部屋に送り届け戻って来たクラウスが見たものは、子供と楽しそうに笑う橘花と、それを満足げに見つめるレイバンの姿だった。
ずくり、と腹の中に重たいものが生まれた。長旅で疲れているだろう彼女を労わらないレイバンに腹が立つ。しかし、あんな笑顔を見せられて、彼女を自室に押し込め、強制的に休ませることなど、クラウスには出来ない。知らず溜息をつき、目をそらした先に、孤児院の院長と話をしているミランダがいた。
困った時の女官長、とばかりに、クラウスはそちらに向かった。
孤児院プラハ=ハウゼンの院長もここの孤児院の出身だ。まだ、壮年だが、魔物狩りの最中に怪我を負い、右足が不自由となったため、一線から退いて、何故か孤児院の院長になった。そのせいもあってか、ここプラハ=ハウゼンは戦う技術を教える比率が高く、成人した孤児たちの多くが兵士や傭兵になった。イザークやレイバンが赤騎士隊に入隊したのも、この院長の影響が大きい。そして、今いる子供たちも、街の何でも屋として重宝がられている。
「ミランダ殿、キッカ様をお部屋にご案内しなくてよろしいだろうか?長旅でお疲れだと思うのだが。」
「アインバッハ卿、神子様は落ち着かれましたか?」
質問に質問で返される。クラウスの優先度が橘花の方が高い事を暗に指摘されたのだ。今更言うまでもない事だが、”神子の護衛”と言う任務は、個人の感情より優先されなければならない。
「あ、はい、部屋に。着替えを、その、着替えをされる、と言うのでヘレナ殿が、」
しどろもどろになるクラウスに、にっこりとミランダは笑いかける。
「左様でございましたか、では、皆さま、外で立ち話も何ですので、中に入ってお茶にいたしましょう。キッカ。
さあ、子供たちもおやつの時間にしましょう。辺境伯閣下から美味しいクッキーを頂いたのですよ。」
「「「クッキー!」」」
子供たちはその言葉に、歓声を上げ、橘花の腕を引っ張って孤児院の食堂に駆けだす。戸惑いながらも一緒になって小走りになる橘花と、その後ろを両腕にちびっ子をぶら下げて悠々と付いて行くレイバン。
「我々も参りましょうか、アインバッハ卿。」
鮮やかな手並みに素直に感心するクラウスだった。




