現世 30
「ごめーん、武流兄。何かさ、異世界人の所でちょっと時間食っちゃって。」
慌てて戻って来た部屋で大和は、ギュンターの様子を伝えた。
「わざわざ、巫力を込めて間違った紋様を描くなんて、そんな事をして大丈夫なのか?」
「いや、何かさ、やっぱり、茶室は異世界と繋がっているせいか、魔法陣が描きやすいんだよ。インスピレーションが湧くって言うの?何か、紋様を描いていても、あ、ここ跳ねるのかも、みたいなのがあってさ。」
そう言って取り出した何枚もの魔法陣を広げ、「でね、」と大和はにやりと笑った。
「直ってる。」
大和がわざと描き間違いをした箇所が、正しく描き直されていたのだ。
「これは・・・。」
「描きかけの魔法陣を広げたまま、一人にしてみたんだ。どうするのかと思ってさ。そしたら、随分、悩んでいたみたいだけど、結果はこれ。」
召喚の対価の言葉が”命”から”血”に修正されていた。この二つの文字は意味が近いと考えられているようで、とてもよく似ている。描き間違えたとしてもおかしくはないが、対価として払う代償の違いは大きい。
「少しは協力的になってくれたのかな。」
「どうかな。あまり、期待するなよ。」
しないよ、と即座に大和は答えた。「春日と橘花を攫い、僕らの幸せを奪った元凶だ。協力はしてもらってもなれ合ったりはしない。」
その声は底冷えのする冷たさだった。
それからしばらくして、大和は茶室で魔法陣を作成する様になり、ギュンターはロボットアニメを見ているふりをしながら、それを時々覗いては、間違っているところを示す、と言うのが、日常的に見られるようになった。
蝉が鳴く季節になり、春日と橘花を呼び戻す為の魔法陣は形になってきつつあった。茶室の天井からぶら下がっている異世界との繋がりを示す金の糸は、魔法陣の実験をする度に少しずつ、太くなっていった。と言っても、それが見えるのは大和一人である。武流を始め、他の伊勢一族でも見る事が出来ない、繋がりの糸を、「嘘」だとか、「作り話」だとか言う人間も多い。異世界人であるギュンター王子にも、見えてはいないらしい。但し、そんな彼も触れれば、何かがあると気が付くぐらいには気配が強くなっていた。
残るは魔法陣の起動に必要なエネルギー。
大和の巫力は確実に減っている。流石に、春日から離れて三か月も経っており、彼女からの供給も界を渡ってになるとロスが多い。しかし、この事実は誰も知らない。大和と春日、二人だけの秘密だから。
現実問題、魔法陣がきちんと起動したとしても、大人二人を召喚するにはエネルギーが足りなかった。
武流が天正真美と旅行に出かける日が近づいている。このままでは、失敗する。大和は覚悟を決めた。




