異世界 32
途中、魔物や野生動物を狩りながら、領都の外壁門に到着した一行は、辺境伯とその横に立つ魔法師のローブを纏った人物に迎えられた。
北の辺境伯は、魔物の総本山を目の前に置く防衛の最前線を守る人物とは思えない程、穏やかな印象を与える老人だった。
ヨハン第一王子の養い親でもある辺境伯は、騎士でもなく、魔法師でも無かった。貴族だからと言って全員が魔力持ち、と言う訳では無いが、それでも、高位貴族にも拘らず、魔力を持たない当主は珍しい。当主を継ぐ前も、いや、継いでからも、彼の能力を不当に貶め、足を引っ張る輩は後を絶たなかった。しかし、それらを全て、実力で黙らせて来た。
この場合の実力とは、知力であり、積み上げた実績だ。
彼は、優れた軍師だった。
それは、いわゆる天才型と言われる閃きで勝機をつかむタイプではない。華やかな作戦で勝利をもぎ取るよりも、コツコツと地道に観察し、記録した結果から答えを導き出し、戦わずして勝つ方法を見出す。地形は元より、気温、降水量、海流、風の流れなどの気候。その年の食物の生育度、渡り鳥の渡りの時期、野生動物の冬眠期間に至るまで、何百年と続く、膨大な記録と資料。その全てを読み込み、把握し、対策を立てる、それが出来たからこそ北の辺境領の当主として、長年、この地を守り続けてきたのだ。そして、魔物に対しては、その被害が出ないように対策する事が最善。
実際、今の辺境伯ネルソン・フォン・ノーザンライツが家督を継いでから、この領での魔物被害は殆ど無く、主食であるパン小麦の育たない地であるにも関わらず、領民が飢える事は無かった。北の海峡を挟んで魔物の島・ニーラカーナと対している為、かつてジュラ王国で一番貧しいと言われたこの土地は、今や豊かな森と海の幸に恵まれた土地となった。
但し、それは、神子が張った結界があってこその、平和。今、それは脅かされている。
「よくぞ参られたヨハン王子。長旅でお疲れの所申し訳ないが、事態は急を要する。城で一晩休憩の後、海峡の砦へ向かいたいのだが、よろしいか?」
「ノーザンライツ伯、ご自身でのお出迎え痛み入ります。この地の様子は道中、彼らから聞いております。既に魔物の動きが活発化している様子。スタンピードに至っていないのは、常日頃の領地整備の賜物と言えるのでしょうね。流石です。
しかし、その伯が急を要すると言われる変事となると・・・。」
これ以上は、外で話をする事ではない、と、ヨハン王子は、ノーザンライツ辺境伯とその横に立つ魔法師を馬車に招いた。二人を加えた馬車は外壁門を抜け、内壁門を顔パスで通りぬけて、領都の中心部に入った。
「お久しぶりです、母上。」
馬車の中にいる橘花達に軽く目を見張り、案内されたソファーに腰を下ろした二人を正面に、ヨハン王子はくつろいだ様子で、魔法師に微笑んだ。魔法師のローブの下から現れたのは、まだ、若いと呼べる年齢の女性。くすんだ金髪と緑の瞳のヨハン王子に面差しの似たアリシア・フォン・ノーザンライツ。その昔、現国王の一晩の寵愛を受け、ヨハン王子を身ごもったかつての男爵令嬢は、現在、養女となった先の義理の父を助けて、魔物征伐の一翼を担っていた。
「それで?この緊急事態に王家の馬車でお連れする貴方の‘大切な方‘を紹介してはくれないのか?」
挨拶も無くいきなり、彼女はそう切り出した。




