現世 28
ギュンター王子は、咄嗟に大和を引き留めた事を後悔していた。食事を並べると席を立ち、適当な時に戻って来て、風呂の用意をし、ギュンターが入浴している間に食事の後片付けと就寝の支度をする。それがいつものヤマトの流れだ。
そんな日々が何日も続けば、ヤマトと言う異世界人への警戒も薄れる。今日は、もう少し、自分の傍に置いても良いのではないか、と、そう思ってしまった。
王宮では、誰もが次期国王の自分の視界に入りたがった。声をかければ、犬の様に尻尾を振って飛んできた。だが、この異世界には、王子である自分の世話をする者は誰もいなかった。
食事など一人で摂った事は無い。いつもどこかの貴族が同席し、面白くも無い話題か見え見えの世辞を言うのだ。たまに客がいない時も、執事か侍女が控えている。イライラして、気にいらぬ、と言えば、手を付けていない皿も下げられ、料理長が飛んできた。時には、皿の中身を床にぶちまけた事もある。
何にそんなに苛立っていたのか。
多分、いや、間違いなく、ヨハン兄上絡みだ。
あの時は、一人にしろ、と叫んで、食堂から皆を追い出した。何皿も並んだテーブルの上の食事を睨み、結局、ワインばかり飲んでいたような気がする。
この世界では、ずっと一人だった。魔法が使えないのは、ストレス以外の何物でも無く。言葉が通じないのは更に予想外のダメージだった。おまけに周りは敵意のある人間ばかりだ。生まれた時から王族として生きて来たギュンターは、他人の隠された感情には敏感だ。それをスルーする術も身に着いている。だからこそ、この世界で自分がどれだけ恨まれ、憎まれているかも直ぐにわかった。
そんな中、このヤマトだけが、ギュンターを拒絶しなかった。
好意を持たれている、とは、流石に今は思っていない。最初の頃は、ヤマトを籠絡してジュラ国に帰るつもりだった。ヤマト自身、召喚した神子を呼び戻す方法を探しており、強力な魔力持ちである彼を手駒に出来れば、自分の帰還の可能性は飛躍的に高まる。もし、ヤマトごと帰国が叶えば、自分が使える異世界人は、魔具で縛った神子と二人になる。そう思った。
そうして、観察するとヤマトは召喚した神子によく似ている事に気が付いた。にも拘わらず、もう一人の異世界人・タケルニーが自分を殺したいほど憎んでいるのに、縁者のヤマトの感情の温度の低さに違和感を感じざるを得ない。ヤマトと神子は、自分とヨハンの様に、いびつな関係なのかもしれない、と思った程だ。
思考がまた、ヨハン王子にたどり着く。
日に何度あの兄の事を思い出すのだろう。最近はその頻度が増したような気さえする。溜息をついたギュンターの耳に、腰を下ろすヤマトの溜息が聞こえた。
「仕方ないなぁ。その代わり、僕は作業するからね。」




