異世界 31
橋を渡ると領境の砦は目の前だ。砦には北の辺境伯領の領軍が10名ほどが迎えに来ていた。出迎え不要と事前に連絡を入れていたにも拘わらず、予想より多い人数にヨハン第一王子は、軽く首を傾げた。
平常時なら、この倍以上の部隊が迎えに来るはずだが、今は非常時。海峡向こうのニーラカーナや各地の見回りに人手が必要なはずで、樹海近くの伯爵領まで、兵を送ってくれただけで十分だと伝えていたのだ。そのヨハンの疑問に兵を率いてきた騎士は、自分たちは領の西側を見回っていた兵団で、元々、領都に報告兼別部隊との交替予定だった事を告げた。ここでヨハン王子達と合流し領都に同行するのは、ついでに過ぎない、と答えた。
わざわざ、部隊の交替時期をヨハンの到着時に合わせたのだろうが、ヨハンとしてもついでに北の辺境伯領の魔物の様子が聞け、相変わらず、抜け目のない事だ、と思う。
幸い、領内は魔物の出現報告は増えたものの、スタンピードと呼べるほどの爆発的増加は起こっておらず、見回りの部隊と、傭兵たちで手は足りている状況らしい。但し、予断を許さないのは間違いなく、ネルソン・フォン・ノーザンライツ辺境伯は、海峡を望む砦に、辺境伯領最強部隊を常駐させ、有事に備えている。
そんな報告を聞きながら、ヨハンは馬車の前を自らの騎獣スレイブニルをかって進んでいた。優秀な魔法師である彼は、使えるのなら自分自身も使う。何はともあれ、神子を無事に領都内に、辺境伯の城に入れなければならない。
いつ魔物が海を越えて襲ってくるかわからない土地に好んで住もうと言う者は少ない。北の辺境伯領の領民は、その殆どが、住む土地を追い払われた流民、滅びた国の末裔や、故国に後ろ暗い過去のある者、その末裔たち。そして、孤児。この地には、国立の孤児院がいくつも建てられている。
赤騎士隊隊長イザークや特攻隊長レイバンの名前にある、プラハ=ハウゼン。それが、この土地にあるいくつかの孤児院の内の一つの名前だった。
「俺、じゃない、私と隊長はー、ここの出身なんすよー。」
領境の砦を出発した一行は針葉樹林の中を更に北に進む。豪華な馬車に自らの馬を寄せて、レイバンは、窓を開けた橘花に話しかけている。
「たい・ちょ?」
「あー、イザーク。大きくて強い、赤い鎧の騎士。」
「イザーク!」
笑顔になる橘花にレイバンは口を尖らせる。
「ちぇー。隊長ってば、何で、キッカにこんなに好かれてるの?めっちゃ、腹立つー。」
「ばん?イザーク、たい・ちょ?」
「そうそう。イザーク、隊長。ヨハンも隊長。」
「?よふぁん、たい・ちょ?」
自身の青騎士隊の隊長でもあり、第一王子でもあるヨハン王子を呼び捨てた事に、馬車に同乗していたヘレナは、むっとして抗議する。
「ちょっと、レイバン、いくらキッカ様の前でも、ヨハン第一王子殿下を呼び捨てにするのは、不敬です!」
「れな、キッカサマ、なに?よふぁん、だいち、おーじでーか、なに?」
「「もう、キッカ、可愛すぎ。」」
馬車の中も外も、美少女の片言に悶える騎士達で、魔物の跋扈する北の辺境伯領に足を踏み入れた緊張感は、消し飛ぶのだった。




