現世 26
試行錯誤の結果、中心と内円の魔法陣は日本語でも起動可能な事、小物を近場に転移させるぐらいなら、そう巫力を使わずに出来る事がわかった。後は少しずつ、距離を伸ばし、重量を上げ、そして、生命の転移、に持っていく。
そう、恐らく、距離と重量は巫力を上げれば可能だ。外付けのエネルギーでも良い事は、春日と橘花を召喚した時に使われた出雲衆の雷紋で証明済み。
問題は、生命の転移、だ。
水槽の中を泳ぐ生きたメダカを転移させてみた。結果、転移はしたがメダカは死んでいた。シャンシャンと騒がしくシンバルを叩くサルの玩具は転移後もシンバルを叩いていた。録画ボタンを入れたままのスマホの画像には何も映っていなかった。凍らせて仮死状態にしたメダカは解凍すると、再び泳ぎだした。薬で眠らせたマウスは、目覚める事は無かった。
魔法陣にとって生命の定義は何なのだろう。
文字の秘密に気づいてからここまでの解析に一か月以上かかった。季節は進み、暴力的なまでの夏の訪れを感じるようになっていた。手探りの中でよくやった、と武流は褒めてくれるが、大和にとっては、己の限界を思い知らされた日々だった。春日の不在は大和の存在に大きな影響を与えている。巫力の回復速度がそれまでの半分ほどなのだ。春日のスマホを介して彼女と繋がっているとはいえ、流れ込む巫力が予想以上に少ない。
春日から連絡が無い事から想像はついていたが、何か、力を使うような事が起こっているのだろう。元々、巫女が呼ばれるのは妖退治の為らしいのだが・・・。しかし、あの春日が素直に誘拐犯の言う事を聞くとも思わないから、ここに橘花が絡んでくるのだろう。それこそ、武流に横恋慕して橘花を疎ましく思う女の思惑が関係して。
武流は、大学の夏季休業中にあの女と出雲衆の本拠地を訪れる事になった。焦って早まらなければ良いが、とは思うが、大和にとっても、手詰まりになったのは否めない。
意地を張らずに、あの異世界人・ギュンター王子との対話を試みるべきなのだろうか。
何度も実験に付き合わされたせいか、彼も逆召喚された当初に比べると随分と大人しくなった。
異世界との繋がりは、彼があの茶室で過ごすことで、少し太さを増し、荷造り紐ぐらいにはなっている。
こちらの手の内をなるべく見せずに、知りたい情報だけを聞き出す、そんな都合の良い方法を大和は考える。




