異世界 29
先日から旅に加わった同い年ぐらいの少女と少年。この二人は物凄い早口で話す。きっとその速さが当たり前の会話の速さなのだろう。彼らの会話を初めて耳にしたとき、橘花は如何にその他の人たちが自分に気を使って話しかけてくれていたのかを実感した。
言葉を学ぶため、子供向けの絵本が欲しかったが、無ければ自分で作るしかない。自分で絵を描いて、それを何と呼ぶのか書いてもらおう。絵は美大に進学するぐらい得意だ。明日からの目標を立て、橘花は一つ満足して眠りについた。
翌日、橘花は、ミランダに頼んで小さな石板を手に入れた。これは、この世界のノートの様な物だ。春日のキャリーバッグに入っていたガイドブックを取り出してみせても、首を左右に振られるばかりだった。そこで、橘花はガイドブックの後ろの空ページに、書くもの、の絵を描いて説明した。その結果が、この石板であった。
早速、それを使って、ミランダに自分の名前をカタカナで書いて見せた。
「キッカ」
文字を指差し、自分を指差す。
「あら、まあ、素晴らしいですわ。この文字は”キッカ”、とお読みするのですね。」
ニコニコと笑顔のミランダに頷く。
「ミラ」下の空間にミランダの名前をカタカナで書く。
「はい。これが、キッカさまの国の文字で”ミラ”なのですね。我が国ではこう書きます。」
そう言って、ミランダが自分の名前の横に異世界文字で”ミランダ”と書いた。
「ここまでが”ミラ”です。わたくしの本当の名はミランダ、ですので、”ミラ”の後ろに、これらの文字が入ります。」
目を丸くして、「ミラ、ン、ダ?」と聞き返す橘花に「はい、ミ・ラ・ン・ダ、です。」
と一文字一文字を指で示してくれる。
橘花にとって幸いな事に、ジュラ王国の文字は表音文字だ。アルファベットやあいうえおの様に、一文字一音なので、対比表を作れば、これまで以上に読めるようになりそうだ。そう思うと、ちょっと嬉しくなった。自分の名前も異世界語で書いてもらう。単なる記号に意味が付いて文字と成った。文字が意味を持って言葉と成った。
橘花は次いで友人となった青騎士の名前を口にした。
「レナ?」
「はい、ヘレナさまは、ヘ・レ・ナ、です。」「ふぇレナ?」「へ・レ・ナ」「へ~レナ」「へ・レ・ナ」「・・・へ。・レ、ナ。」「はい、その通りです。」
石板に日本語と異世界語の名前が並ぶ。それを見ながら、一文字一文字をゆっくり区切って、発音の練習も繰り返す。
次いでやんちゃな赤騎士が身を乗り出してきた。
「バン?」
「レ・イ・バ・ン、ですね。」「りぇいバン・・・。」
「なにそれ、可愛い。」
呼ばれた本人は、真っ赤になって照れている。
期待する様にこちらを見るヨハン王子に気が付いて、ミランダが、石板に「ヨ・ハ・ン」と書いた。
「ヨハンさまのお名前ですよ。」
むむむ、と眉間に皺を寄せて、橘花は慎重に発音した。「ヨ・ふぁ・ン」
どうやら、ハ行は鬼門の様だ。
馬車の外で護衛に立つクラウスは、自分の名前は出て来るだろうかと、少し期待しながらドキドキして待っているのだった。




