異世界 26
「キッカー!」
その日も朝早くから、赤騎士のレイバンが王家の馬車の扉を開けた。
「レイバン殿、先ずは、ノック、とお願いしたはずですよ。」
春日と橘花の着替えを終えたミランダ元女官長が、やんわりと注意をして、扉の前に立ちふさがった。
「ごめん、じゃなくて、すみません、ミランダ様。でも、ほら、飯、っと、ご飯。温かい方が良いと思って、走って持ってきた。来ました。」
「走ってって、レイバン!食事がぐちゃぐちゃになるじゃない!」
そう言って嚙みついたのは、青騎士の騎士服を侍女のお仕着せに着替えて仕えているヘレナ・フォン・メテオリンク侯爵令嬢。本来なら、そんな下働きをする身分では無いのだが、本人は、警護上、神子の傍にいる必要がある、と自ら侍女役を買って出ていた。そんなところも変わり者の令嬢である。
「あん?俺がそんなミスする訳ないじゃん。綺麗も綺麗、出来立てほやほや、料理長の盛り付けそのものよ。」
睨み合いながら、バスケットの蓋を開け、保温の為に掛けられていた布を外して見せる。
ふわりと焼き立てパンの良い香りが立ち上った。覗くと、サラダの彩りも鮮やかに、カップに入ったスープも一滴も零れていなかった。
あっけにとられて、バスケットの中とレイバンの顔を見比べるヘレナに、自慢げに胸を反らすレイバン。にっこりとバスケットを受け取って、ミランダはレイバンを馬車の中に招いた。
「さすがですね、レイバン殿。ですが、少し、お言葉が乱れておりますよ。」
「げ。すんま、すみません。」「はい、よろしい。」
橘花が赤騎士隊隊長イザークに、自己紹介をしたのち、言葉の習得を希望したため、彼女に話しかけるとき、彼女の聞こえる所では、きちんとした言葉を使う事をヨハン王子から、厳命されていた。
「それが出来ない者は、護衛から外します。」
そう満面の笑顔で言われた時、ヘレナはレイバンは護衛への立候補を取り消すだろうと思っていた。この少年の赤騎士隊特攻隊長としての技量は、その行動の粗野さ、暴力性と共によく知られていたし、孤児院出身で礼儀をわきまえない事も、また周知の事実だったから。
しかし、予想に反して、レイバンは、橘花の前だけでなく、伯爵邸の人間に対しても、きちんと礼に叶った態度をとっていた。ヘレナの前でだけ、いつもの調子に戻るのは、どうやら意図的らしい。
「ばん?ごはん、走る?」
「いやー、キッカ、ご飯は走らない。走ったのは俺、じゃない、私。」
キッカはレイバンを‘ばん‘と呼ぶ。ヘレナは‘れな‘、ミランダは‘みら‘だ。
聞き取れた単語だけで組み立てた文章は、不思議な結果を生み、頭をかいたレイバンと呆れたヘレナ、微笑むミランダだった。




