現世 22
あの国は名を獣羅と言う。その名の如く、卑しい獣のような者共の住まう国じゃ。
妾の前にも何人もの巫女が召喚され、この国を守るために妖との戦の犠牲となった。あ奴らは妾達が奴らの言葉が分からないのを良い事に、最初に約定を交わす。断る事も逃れる事も出来ない制約の約定じゃ。じゃから、あ奴らの言葉をここに残そう。
そんな書き出しで始まった先代巫女の辞書は、大和の手元にある何世代にも渡り、その時代の言葉に翻訳され書き写されてきた複製品では無い。原本をそのまま写真に収めてきた記録媒体として、持ち出され、今、大和の目の前で武流によって、読みやすい現代語に翻訳されている途中だ。
何度も転写されるうちに字形が変化した可能性を考えた武流の説得と言う名の力技が発動したらしい。
それにしても、英断だ。解析ソフトを使って、異世界の文字が次々読み取られていく。これまでマスクをし白手袋を付けて、素材を痛めないよう、光量を落として、一枚一枚を慎重に読み解いてきた作業は、今やPC上で流れるように現れては消えていく。その読み取られた紋様と合致率の高い紋様が拾い上げられ、蓄積され、別の場面での用法と比較される。
そういった翻訳作業はPCに任せ、武流と大和は、先代巫女の残した資料の中から、召喚魔法陣に使われている金文とそれが現れる場面を、別のPC画面で検索していた。
「やっぱり、表意文字が鍵だよね。一文字で単語になるんだから、その中に籠られる巫力も多いし。」
「そういうものなのか?」
「まあ、物や現象に名前つける、って事はある種、術をかけているみたいなものだしね。春日なんかは、意識しないで話すと言葉に巫力がこもっちゃうから、小さい頃は大変だったでしょ。例えば、春日の春、これは季節を表す漢字だけど、季節の春から連想される物にも繋がっていく。例えは、芽吹きだとか、雪解けとかね。僕たちの使う符や、出雲衆の雷紋なんかも、そんな力の込められた文字を使っているよね。」
あー、これ海かも、そう言って大和は一つの紋様を指差した。
それは、先代巫女がこの国に戻って来た経緯を記した箇所。
獣羅の国には年に一度、まじない札に願い事を書いて船に乗せ川に流す子供の祭りがある。沈まずに海まで流れて行けは、その願いは叶うという、はるか昔から続く子供の成長を願う伝統行事だと言う。
先代巫女は、それが歴代の神隠しにあった巫女達も毎年行っていたと知り、自分たちの元に届いた光る竹の中の書簡がそうではないか、と考えた。
『望郷の思いを込めて、毎年、この国の事を書き送った。先人たちの思いを妾も後の世につなげなければと。じゃが、大きな封印を成したこの年、妾は力尽きた。このまま、朽ち果て、死した後もこの異界の地を守護するために使われるぐらいなら、と妾はこの身を川の流れに任せる事にした。もう二度と妾のように故郷から連れ去られる者が出ないよう、結界に呪もかけてある。思い残すことは無い。ただ、出来るなら、故郷に帰りたい。妾はまじない札を懐に隠して夜間、小舟に乗り込んだ。』
『妾を乗せた小舟は不思議と誰に邪魔されることも無く、無事に海まで流れ着いた。死にかけの、役目を終えた女など、探す手間も惜しんだのじゃろう。見えてきた妖の島を囲む妾の張った結界は、それはそれは美しく、自分の仕事を誇りに思いながら死ぬのも良いと思ったものじゃ。小舟は結界を超え、妖の島に近づいて行き、その先には巨大な魚の妖がおった。大きく口を開け、小船ごと妾を飲み込んだ。』
『目を覚ますと、妾は懐かしい伊勢の地に戻って来ていた。』




