異世界 23
「白いにーちゃん、それ、うちの隊長のハルバードだよな。隊長さあ、めったな事じゃあ、そいつ手放さないんだわ。それこそ、風呂にも持って入るぐらい。でなんで、白いにーちゃんがそれ持ってる訳?いーなー、俺も持ちたいなー。触りたいなー。」
いーな、いーな、言いながら、ハルバードを持ったクラウスの周りをぐるぐると回る。
それは、ふざけている様に見えて、実に隙のない動きだった。
クラウスとヘレナ、二人を相手に死角を突いて小さな悪戯を仕掛けてくる。風魔法を使った【風刃】だ。殺傷力は低い。しかし、当たれば、騎士服は裂けてしまう威力だ。二人も、死角を作らないような立ち位置をとっているが、目の前をうろちょろされるとどうしても注意がそちらに向いてしまう時がある。
馬車の中に持って入るには大物過ぎるハルバードを預かっただけだというのに絡まれるクラウスは、迷惑以外の何物でもない。厄介な、と思いながら避けていたが、段々とハルバードを持つ手が狙われ始め、流石にこのままではイザーク隊長の大切な相棒を取り落としてしまう可能性が出てきた。
勿論、レイバンはそうなる事も狙っての攻撃だから、容赦はない。威力も心なしか上がってきているような気がする。青騎士のヘレナはクラウスに、魔法で防御の盾を作ってくれているが、レイバンの攻撃になすすべなく、割られている。
「レナちゃん、防御魔法の腕上げたねー。でも、まだまだ。」
ほいっ、と言ってレイバンが生み出した【風刃】は、一際大きな音を立てて、彼女自身を守っていた魔法の盾を砕いた。次いで二撃目が飛ぶ。
「え!?」
自分が狙われるとは思っていなかった分、対応が遅れた。そんなヘレナに対し、クラウスは、咄嗟に手にしていた預かりもののハルバードをその【風刃】に振り下ろした。
ドゴーン、と言う、重量物を叩きつけた音と共に、砂塵が舞った。
地面を激しく揺らした音に、馬車の扉が瞬時に開かれ、どこから取り出したのか短めの片刃のナイフを油断なく構えたイザークが、その大きな体を地に伏せるように身構えていた。そして、彼が飛び出すと同時に馬車には五重の結界が張られる。どんな大型魔物ですら、かすり傷一つ負わせることは出来ないだろう。
ハルバードの立てた砂煙が落ち着くまでの間、世界から温度が消えた。
誰も動かない、動けない。呼吸すら止めて、イザーク・プラハ=ハウゼンの次の動作を待っていた。
すうぅーっと細く、息が吐かれた。
次の瞬間、クラウスの目の前にいたレイバンが立っていた場所が深くえぐれた。
「あっ、あっぶねー。何てことするんすか、隊長。死ぬとこっスよ。」
「ほー、一度死んでみたら、少しはその頭にも脳みそが入るかもしれんなー。」
「ひっでー。俺だってちゃんと計算して魔法打ってるっスよ。ちゅうか、戦場で自分が攻撃受けないなんてぼーっとしてる方が悪いんス。」
「確かにそうだなっと。【風刃】」
この会話は目にも止まらね斬撃をお互いに撃ち合いながらの会話である。そして、イザークの最後のセリフと同時に周りを囲んで野次っていた赤騎士達に、風の刃が飛んで行った。
「ぎゃー!隊長!」「こら、レイバン、おまっ、余計な事言うな!」
スタンピードが収束したにも関わらず、辺りは阿鼻叫喚の地獄と化した。
「すまなかったな、アインバッハ殿。」
何事も無かったかの様に、戻って来たイザークが地面にめり込んだハルバードを引き抜いた。
「いえ、こちらこそ、本当はきちんと止めるつもりだったのですが、重さと勢いを見誤りました。」
「あの、すみません、アインバッハ様。私がぼーっとしていたばかりに、ご迷惑をおかけしました。」
イザークがクラウスに謝罪し、クラウスはイザークに謝罪する。そして、ヘレナはクラウスに謝罪し、この場で謝っていない者はレイバンだけだ。皆の視線がレイバンに集中する。
「まあ、武器に魔力を乗せて魔法を切ったんだから、合格じゃね。」
「ま、こんな奴だ。」
イザークの容赦ないアイアンクローが、レイバンの顔を鷲掴みにしていた。
「赤騎士隊特攻隊長、レイバン・プラハ=ハウゼンです。」
小声でヘレナが教えてくれた。
魔物討伐を主任務とする赤騎士隊において、特攻隊などと言う部隊は存在しない。けれども、嬉々として先頭を切って魔物の群れの中に飛び込み、双剣を振るい、魔法をぶっ放す、その赤毛の少年を人々は特攻隊長、あるいは、狂戦士、と呼んだ。




