現世 19
取り敢えず、スマホを送ることに成功した大和は、中二日の休みを入れて、この日は、別の物を送ってみる事にした。本当はもう一日早くても良かったのだが、武流が反対したのだ。流石に意識を失ったのは、まずかったようだ。
「で、何で、シャンプー?」
小首を傾げる武流に大和はちらっと異世界人を見た。
「どうも、彼の様子を見ていると、異世界にはサニタリー用品が無さそうなんだ。あの春日が、その環境に耐えられる訳無いと思ってさ。」
シャンプーなどのサニタリー用品や化粧品、その類の物への春日の執着は、並々ならぬものがある。異世界でシャンプーが無い、と暴れる春日の様子がつい想像できてしまった。
「ああ、まあ、無難、だな、うん。」
ちょっと遠い目になった武流だった。
新品のシャンプーをバルーンに詰めて、召喚魔法陣の上に置く。
「じゃあ、行くよ。武流兄、彼の手も前みたいに陣の上にお願いね。」
〈おい、待て、お前たち、一体、何を、〉
抵抗する異世界人を無視し、大和は先日と同じように巫力を魔法陣に注ぐ。キン、と金属を叩いたようなかすかな音がして、魔法陣の紋様から、ゆらりと黒い煙が立ち上る。じわじわと紋様をなぞる様に広がり、全ての紋様を満たすと、一旦、息継ぎをするかのような間をとった。
しかし、スマホの時の様に、ぶわりと広がり、陣の上に置かれていたバルーンを包みこむ事は無く、しばらくゆらゆらと揺れた後、立ち消えた。
紋様を失った真っ白な紙とバルーンが取り残された。
ぐらり、と大和の体が傾く。
「どうして?」
「大和!」
「どうして、送れない?巫力が足りない?そんな事は無い。同じ、いや、それ以上の巫力を込めた。時間?いや、糸はここにある。なら、どうして?」
ぎっと、大和はギュンターを睨んだ。
「お前!何かやったのか!」
倒れこむように大和はギュンターの胸ぐらを掴んだ。
「何をした?いや、何をしなかった、なのか?スマホとの違いは何だ!?」
〈ヤマト?何を言っているのかわからないが、神子召喚陣で物が送れる訳が無いだろう。むしろ、前にあの黒い板が送れたのがおかしいのだ。〉
「「何だって?」」
大和と武流は顔を見合わせた。
大和は、バインダーからもう一枚の紙を取り出した。そこにも春日と橘花を異世界に連れ去った陣と同じ物が描かれている。
巫力枯渇の為、肩で息をしながら、大和はその紙を異世界人の目の前に広げた。そしてもう一度、シャンプー入りのバルーンを乗せようとした所で、ギュンターは大和の手を押しのけた。その召喚陣の中央を指差す。
〈神子〉
そして、バルーンを示し、首を左右に振った。このジェスチャーが異世界でも否定を意味するのかは不明だったが、同時に言われた〈それは違うだろう〉から、そうと知れた。
〈魔法陣の何たるかを知らずに使うなど、狂っている。正しく起動させるには、対象、場所。そして、対価が必要だ。対象以外に使うなど聞いた事が無い。〉
こことこことここと、と指をさしては首を振る。
取り敢えず、魔法陣の紋様には意味があるとはっきりした。そして、この異世界人は魔法陣に関する知識もあるようだ。苦しい息の下、失敗した作戦であっても何かしら得る物があった事に大和は安堵し、武流とそっと目配せをした。




