異世界 22
「キッカ。」
イザークとの短いやり取りは、ヨハン王子やクラウス、同乗していた侍女たちをも驚かせた。彼らは、初めて彼女の名を知ったのだ。
相手がきちんと名乗ったので、橘花もそれに答えた。ただそれだけの事なのだが、召喚当初から関わっていたヨハンとクラウスにとっての衝撃は大きかった。特にクラウスは、預かったハルバードを倒しそうになるほどの衝撃だった。
騎士として何たる不覚。護るべき者の名すら知らなかった!?
そして、彼女に「いざーく」と呼ばれた赤騎士隊隊長に、何とも言えぬ感情を持った。それが、伝わってしまったのか、イザーク隊長は面白そうにクラウスを見て、口の端を上げると、馬車の扉を閉めた。
クラウスとヘレナはその場に呆然と立ちつくした。
「あの、ちらっと見えてしまったのですが、そして、聞こえてしまったのですが、中にいらっしゃるのは神子様、なのですか?」
ヘレナ・フォン・メテオリンクは青騎士隊の平隊士ではあるが、侯爵家の令嬢でもある。神子召喚に纏わる諸々の事情は、知っていて当然だ。
どう答えるべきか、悩んだ一瞬の間を読み取って、ヘレナは、慌てて両手を顔の前で振り回した。
「あーあー。すみません、すみません。私直ぐやっちゃうんです。無意識にメテオリンク侯爵を敵に回したいのかーって。
だから、忘れてください!」
地面につきそうな勢いで頭を下げる少女魔法使い。一方のクラウスは地面に突き立てたハルバードに寄りかかって辛うじて立っているような状態だ。
「あー、そこの白いにーちゃん。あんた、隊長のハルバード倒したら、首が飛ぶって知ってた?」
楽しそうにかけられた声のする方を振り向いてみれば、そこには、幾人かの赤騎士隊隊員たちが、こちらを睨みつけていた。
その中の一人が、両手に持った武器をクルクル回しながら、近づいてくる。
剣と呼ぶには少し短い、幅の広い、弓なりに反った双剣。
深紅の長髪は頭の高いところで一つにくくられて、踊るような足取りに合わせて、左右に揺れる。
それが、ある程度の距離にまで近づいた時に、ピタリ、と止まった。
「何?」
盛大に顔をしかめる。
「レイバン!レイバン・プラハ=ハウゼン!こちらは、白騎士隊二席のクラウス・フォン・アインバッハ殿だ。礼儀をわきまえよ!」
横から、ヘレナの鋭い制止の声がかかった。
「おー、レナちゃん、お久ー。いたんだー。そんなとこで何やってんの?魔物が怖くて、泣いてたー?俺が慰めてあげよっか?」
赤騎士レイバンは、そう言って、突然変わった空気に瞬時に高めた警戒をニヤニヤ笑いを張り付ける事で誤魔化した。背中の鞘に双剣を納めて、気味悪げに足元の地面を軍靴で掘り起こす。
「レナちゃんは、ずっとここにいたの?この辺の土地が穢れてない理由、知ってたりする?」
「私はヨハン隊長の命で、ここを一歩も動いていない。それが、どうした?!」
きりきりとヘレナは魔法使いのローブをねじ切らん勢いで杖ごと握りしめている。
赤と青の騎士団は仲が良いと思っていたクラウスは意外な展開に軽く目を見張った。
「何で、怒らないんですか、クラウス様!二席ですよね。えらいですよね。」
こそこそと小声で囁かれても、クラウスにはこれまでのやり取りに、怒らなければならない所が、どこにあったのかわからない。
それに、白騎士隊二席は、確かに白騎士隊内では、隊長・一席に続く三番目ではあるけれど、だから、青騎士隊士や赤騎士隊士に対し、無条件にえらいのか、と言われると他の組織だけあって、それ程、目上風を吹かせるのもどうか、と思ってしまったのだ。
そんなクラウスの躊躇にはお構いなく、にやにや笑いを顔に浮かべて、レイバンはとうとう、彼らの目の前までやって来た。
「白いにーちゃん、それ、うちの隊長のハルバードだよな。隊長さあ、めったな事じゃあ、そいつ手放さないんだわ。それこそ、風呂にも持って入るぐらい。でなんで、白いにーちゃんがそれ持ってる訳?
いーなー、俺も持ちたいなー。触りたいなー。」
いーな、いーな、言いながら、赤騎士はハルバードを持ったクラウスの周りをぐるぐると回った。




