現世 18
武流は毎朝、病院に寄ってから、大和と合流する。医療法人伊勢総合病院は伊勢一族関連の総合病院で、現在、春日と橘花が入院していることになっている。
あの異世界召喚は、空港内の電気配線に何らかのトラブルが生じて起こった不幸な事故として、処理されている。そこには当然、伊勢一族の思惑が絡んでいる。当事者である春日は、元々、イギリス留学に行く為に、空港に来ており、事故の後、無事に旅立った、で特に何も問題は無い。だが、巻き込まれ、異世界に渡ってしまった橘花の扱いをどうするのか?事故後の混乱で数日音信不通、で誤魔化せるのはせいぜい数日。しかし、彼女を呼び戻す目途が立たない以上、こちらの世界での橘花の不在には理由が必要となる。橘花は天涯孤独な孤児、なのではなく、両親に愛されて育った、あと数日もすれば、念願の美大の入学式に参列する未来ある18歳の女性なのだから。簡単に”行方不明”と諦められる程に薄い人間関係しか結んでいないわけでは無いのだ。
実際、彼女と連絡が取れないから、と恋人である武流の元に何十件と連絡が入っている。その中で、一番、武流がつらいのは、橘花の両親、祖父母に秘密にしなければならない事だった。
神国日の本を陰から支える伊勢一族の歴代最高の巫力を誇る斎宮巫女・伊勢春日の幼馴染兼親友であっても、橘花自身は、神も巫術も全く関係のない、一般市民。首都郊外でジャズ喫茶を営むサックス奏者の父と歌手の母を両親に持つごく普通の少女なのだ。
橘花が召喚された後、彼女の両親は、知らせを聞いて、一番に武流に連絡をよこしてきた。武流は真実を話すことが出来ない。
・・・。
・・・。
そして、嘘をついた。
橘花はあの事故に巻き込まれて大怪我を負った。感電してしまって、全身に酷いやけどを負い、一度は心臓も止まった。現在、春日と大和の実家関連の病院で集中治療を受けており、予断を許さない状態の為、例え両親であっても面会は主治医から禁止されている、と伝えたのだ。橘花の両親はそれでも諦めず、とうとう、武流は二人を病院に連れていくことになってしまった。急遽、御影の部下で橘花に体系の似た者を選び、集中治療室のベッドに寝かせた。酸素マスクや包帯で顔を覆い、指先まで包帯を巻く、最初、愛娘の変わり果てた姿に、なすすべなく立ちつくしていた両親は、次の瞬間には崩れ落ちた。
「あれは橘花ではない!」泣き叫ぶ母親に、別の意味で驚愕する武流だったが、タイミング良く現れた医療スタッフに両親を任せ、その場を立ち去った。
母親の慟哭が胸をえぐる。
『そうです、あれは橘花では無い。けれど・・・。許してください。必ず、本物の橘花をあなた達の元にお返ししますから。』
その日から、毎日、武流は朝夕病院に立ち寄る。橘花の両親は、治療効果の見えない娘に、それでも気丈に声をかけ、愛しているよ、と窓越しに囁く。
その姿を糧に、武流は戦っている。




