現世 14
「武流さん、お顔の色が優れませんわ。ちゃんとお休みされていますか?」
だから、お前に名前呼びを許した覚えはない、そう思い、その不機嫌さを少し加工して声に乗せる。
「これぐらい、何てことはありません。橘花の事を考えると、寝ている暇はありませんからね。」
実際、その通りだ。お前の所になど、情報収集以外で来るものか。だから、橘花の名前を出した瞬間にぎゅっと寄った眉間に、甘えた声でフォローも入れてやる。
「ですが、貴女と一緒にいると、少し息がつける気がします。」
「まあ。」
途端に笑顔になる女に疲れた表情で笑いかける。
本当に、馬鹿な女だ。自分の最愛が行方不明になってわずか3日で、他の女に2回も会いに来ている男の何を信じる?最初は、気の迷いと言い訳は出来ても、流石に二度目は不誠実ではないか?言葉では彼女を心配している、と言っているのに。
まあ、馬鹿な女の頭の中など、僕が心配するのもおかしなことだ。
「何か、進展はありまして?」
探るような目線。
あったよ、切り札になりそうな物が。教えはしないがね。
「ええ、幸い、空港の防犯カメラの映像が手に入りまして。今、その映像を検証中です。僕は貴女に教えて頂いた符について、調べているので、もし、よろしければ、符の紋様の意味など教えていただけないでしょうか。」
「そうですの、防犯カメラの映像が。」
キリッと小さく歯が鳴った。
ああ、本当に感情を隠すと言う事を教わってこなかったのだな。防犯カメラの映像など、見つかるはずがないと思っていたのだろう?
その通りだ。そんなものは無い。あるのは僕の頭の中の映像だけ。だけど、それだけで十分なんだよ。僕の絶対記憶は、一度この目で直に見たものは決して忘れない。だから、これは単なる揺さぶり。
「符の紋様の意味、ですか?それは、ちょっと、出雲衆の機密になりますので、いくら武流さんと言えど、部外者にお教えする訳には参りません。・・・もし、武流さんがわたくしの夫となって頂けるのなら、お教えする事も出来ますが。」
思わず、全身がこわばってしまった。今、この女は何を言った?僕を夫に?こんなに橘花を愛している僕に、これ以上、彼女を裏切れ、と?
怒りを必死に抑えている武流は小さく震えている。今、口を開けば、何を叫ぶかわからない。
『橘花、橘花、橘花!』
右の耳に付けたお揃いのオニキスのピアス。耳たぶを握りしめ、心の中で愛しい人を思う。
『君を取り戻すためには何でもする。けれど・・・。この程度で僕を手に入れようなどと。・・・・ああ、もう、出雲衆。つぶしてしまおう。』
瞳の奥に仄暗い炎を灯して、薄く武流は笑った。
そんな彼に気付かず、武流との結婚を夢見る天正真美に見せた武流の顔は、困ったような笑顔だった。




