異世界 17
「スタンピード、だと・・・。」
その単語に、場が凍り付いた。
この世界には魔物を生み出す元となる瘴気の湧き出す場所がいくつかある。その最たる場所が、噴火を繰り返す不死の山の火口にある溶岩の沼であり、果て無く広がる樹海の中の洞窟であった。この二か所は、王家直轄地となっており、定期的に赤騎士隊が巡回し、魔物を間引いている。
もう一つ、最重要ではあるが、人間の関与不可能な場所がある。
北の海、その向こうに見える島影。その島、二ーラカーナに魔物の王がいる、と言う。
これら瘴気の湧き出す場所以外にも、小さな瘴気溜まりは世界のあちこちで生まれ、それに触れた生き物が魔物化する事は日常的に起こっている。
そして、今回、スタンピードが生じたのは樹海。
「はっ。現在、赤騎士隊隊長を中心に討伐に当たっていますが、青騎士隊の応援要請が来ています。」
「わかりました。直ぐに向かう、と伝えて下さい。」
ヨハン王子は、報告に来た騎士にそう告げると、国王に向けて、一礼する。
「陛下、火急の事態にて、私はこれから青騎士隊2分隊を率いて樹海に向かいます。念のため、もう1分隊を不死の山の火口に送ります。では、急ぎますので。」
そう言うと、ヨハンは混乱する会議室を後にした。
『魔物の動きが早い。北にも何人か送った方が良いだろう。全く・・・。私が不在の間に神子様に愚か者どもが何かしないとは限らない。どうしたものか。』
残しておいて、王妃やギュンター王子派に攫われるのも腹が立つ。神殿は以ての外だ。
懐から取り出した石板に指示を書き込み、魔力を流すとそれは鳥の形をとって次々と飛び立って行った。必要部署に連絡を飛ばしながら、ヨハン王子は、自室に向かう。そのまま遠征の準備を整えていると、王子に面会を求める騎士が来ている、と恐る恐る侍従が声をかけてきた。忙しさを理由に断ろうとしたヨハンは、それが白騎士隊二席クラウス・フォン・アインバッハと聞いて、手を止めた。
自分への護衛当番は御前会議参加の為、執務室前で別れた時点で終了している。今はもう勤務はおわっている筈だった。
「どうかしましたか、アインバッハ卿?」
恐らく神子絡み、と思いつつヨハン王子は尋ねた。
「はっ。」
非番にも拘わらずしっかり白騎士の制服を身に着け、騎士の礼をしたクラウスは、しかし、要件を直ぐに切り出すでもなく、青騎士装束のヨハンにもの言いたげな視線を向けた。
「見ての通り、私は急用で出なければなりません。しばらく、あなた方白騎士の護衛は不要ですよ。」
「!?殿下がいらっしゃらない間、神子様方は」
食い気味に尋ねられ、ヨハンは苦笑した。
「いっその事、連れて行ってしまいましょうか。」
声に出して言うと、最善の策と思われた。
本当に神子と言うのなら、眠っていても魔物の鎮静化位は出来るのではないだろうか?
「連れて行く?連れて行くとはどちらにですか?その護衛担当者はもう決まっているのでしょうか?もし許可頂けるのなら、是非、私にその任を!」
「樹海から魔物が溢れ出てきました。赤騎士隊が対応に当たっていますが、私も青騎士隊2分隊と共に出ます。神子様の身の安全を考えると、どうしたものかと思っていましたが、アインバッハ卿が護衛について頂けるのなら、ご一緒して頂くのが一番良いでしょう。一緒に来て下さい。」
そう言って、ヨハン王子は、スタンピードと聞いて、顔を強張らせたクラウスにサラサラとサインをした指示書を渡した。
指示書と王子を驚愕の瞳で交互に見てクラウスは、つい思ったままを口にしてしまう。
「スタンピードの対応に意識のない神子様達をお連れするのですか?」
「ここに残しておいて、害が及ばない保証は無いでしょう。」
きっぱりとした断言にクラウスは思わず、押し黙る。
「クラウス・フォン・アインバッハ、私が不在の間、身分が上の貴顕の方々の命令から、彼女らを護ることは出来ますか?」
畳みかけるように言われ、クラウスは俯くしかなかった。
「ここに残すか、魔物との戦いに連れていくか、私とあなたで守れるのはどちらだと思います?」
ヨハン王子が青騎士隊を引き連れて出発した数時間後、スタンピードの対応で混乱する王城で、地下の聖なる泉の間に人知れず押し入った一団は、無人の空間を前にし啞然としているところを白騎士隊に拘束された。




