現世 1
「畜生、やられた。」
低く低く唸った大和の声に武流は金縛りにあったような硬直から解放された。
周囲の混乱に満ちた喧騒が耳に届く。
「何だ、今の音は?爆発か?」「女の子が消えたぞ。」「落ち着いてください!」
「お客様に申しあげます。」
「橘花?」
伸ばしていた腕を大和が掴んで引っ張っていく。
「武流兄、こっち。サンプルは回収したから、早くこの場を抜けよう。」
「な、何言ってる、大和!?消えたのは橘花とお前の姉だぞ。」
「しっ、声、大きい。わかってるよ、そんな事。ちょっとは落ち着きなよ、武流兄。らしくない。いくら橘花が絡んでるからって、狼狽しすぎ。武流兄も知ってるでしょ、うちの呪い。」
『伊勢の呪い』
その言葉に一瞬で冷静さを取り戻す。
それは二千年以上に亘り、この日の本の神社を統べる『伊勢の血』に受け継がれてきた呪い。当然、分家筋に当たる武流も知っている。
『伊勢一族』は二千年以上昔、倭に王朝が開かれた時代より、巫術をもって、この日の本を護ってきた一族だ。時には地方豪族と時には中央宮家と血を交え、霊力をもって、邪なるモノ達から、神国を護っている。
その伊勢一族には数百年に一度『神隠し』に合う者がいた。それは長年、本当に神の国に招かれていると思われていた。何故なら、決まって、当代きっての優秀な巫女姫が『神隠し』に合うからだ。
しかし、それが『呪い』と判明したのは平安の御代。光る竹の中から、前年に神隠しにあった巫女姫の助けを求める書簡が発見されてからだ。
最初、それは、この国のものではない何かに書かれていた事もあり、神の国からの書簡として、狂喜をもって迎えられた。しかし、その内容のおぞましさから、何人もの巫女が倒れた、と言う。
そこに書かれていた『神の国』は、当時の人間にとって、想像するのも困難な世界だった。住人も文化も、全く聞いたことのない特色を持ち、そして“攫われていった“巫女姫の辿った運命は・・・。
言葉も通じず、食事も合わず、死に向かっていく自分になお求められる強制労働。
以前に『神隠し』にあった巫女姫達も同じような運命を辿ったであろう事。
どうか、二度と自分と同じ様な目に合う巫女が生まれないように、呪い断ち切って欲しい、そう綴られていた。
その後も、何名かの優秀な巫女姫が呪いの犠牲になり、『神隠し』にあった。しかし、呪いを解くための情報は、その巫女姫達本人から、光る竹によって少しずつもたらされ、そして、前回、『神隠し』にあった巫女姫はついに帰郷に成功する。その代償は己の命ではあったものの、命の火が消えるまでの数日に彼女の残した言葉は、『伊勢一族』に生まれた者が10歳になった時に必ず、伝えられた。
「彼の国の名は、ジュラ王国。傲岸不遜な者どもが支配する蝦夷の国。」と。