現世 12
格子戸の向こうにいる幼ささえ残す黒髪黒目の少年は、神子召喚の魔法陣をたった一人で起動させた。
ギュンターはそれ程召喚魔法に詳しい訳では無いが、それでも、神子召喚をしようと決めた時、神官長の元、過去の記録には全て目を通していたし、言われるまま神子を操る為の魔力を込めた魔具も作った。
本来は、溢れ出た瘴気を魔力に転換して召喚陣の起動に使う為、神子の呼びかけに使われる王家の魔力は、それ程、必要ではない。しかし、今回は、前回召喚した神子の封印がまだ生きている状態での召喚となる為、魔力を何処かから引っ張ってくる必要があった。
その手配は当てがあると言う神官長に任せたもののそれでも不足する分は、ギュンター自身の魔力で補うしかない。神子召喚は直系のジュラ王族でしか、成しえないのだ。それは召喚魔法陣の成り立ちに由来する。陣に描かれた様々な紋様には、皆、意味がある。三重の円の中心に、神子、その外側に、陣の契約者たる王族の名、一番外側に諸条件、これらが正しく働いて、召喚魔法陣は完成する。
つまり、あの黒い板を転移させた魔法陣では、本来は、何も起こる筈が無いのだ。それをあの少年は力技で発動させた?
「素晴らしい。あの力、是非欲しい。あれだけの魔力があれば、兄上にだって。」
そう口にして、ギュンターは絶句する。「兄上。」
ギュンター・シュバルツ・フォン・ジュラにとって、8歳年上の兄は、憧れの対象だった。彼が物心ついた時、既に兄は青騎士隊に入隊し、その膨大な魔力と多彩な魔法で隊長クラスの実力と言われていた。結界魔法も使える兄は王位継承権を得たが、一度もギュンターに対して高圧的に出る事は無かった。むしろ、ギュンターが結界魔法を取得出来たことを非常に喜び、継承権の放棄を申し出る程だった。それが、逆に母親である正妃の疑心暗鬼を深めたのかも知れない。事あるごとに、自分と兄を比較し、勝つことを要求する母親に、ギュンター自身も競争心を煽られたとは思う。次第に、兄のやることに文句をつけるようになると、色々な人間が、彼の傍に集まって来た。
耳に心地よい言葉ばかり言ってくる者達に囲まれ、気分良く過ごした日々。
いつの間にか、実力以上に自分を見せる事に必死になっていた。
そんな時、神官長に神子召喚を持ち掛けられた。
「王族にしか出来ない事」
「ギュンター殿下の魔力量をもってすれば、召喚は可能です。」
けれど。
「何ふざけたこと言ってるのよ、このすっとこどっこい。誰が“折角、来た“ですって?これは、誘拐。紛れもない犯罪よ!」
”この平和の確約された500年の間に、自分たちの手で結界と瘴気を解決する方法を考えよ。もう二度と、私たちのように意に染まない召喚をされる同郷の者を出さないように。もし、この約束を反古にした場合、結界は直ちに崩壊し、瘴気の元がこの地を襲うだろう。”
ギュンター王子は大きく首を左右に振って、思い出してしまった言葉を振り払う。
「誘拐?馬鹿を言うな!王子の俺が国の為を思ってやったことだ。罪になどなるものか。大昔の神子との約束など守って、召喚をしないなど、国を危うくすると、兄上にはわからないのだ。」
そんなギュンターを冷徹に観察する目がある事、その独り言さえ、全て記録され、解析されている事に、彼は気づいていなかった。




