異世界 15
泣きながらとは言え、ぐっすり眠り、沐浴もさせてもらい、食事も摂った佐倉 橘花は先程、泉の上を漂っていたバルーンから、スマホを取り出した。それは、見覚えのある春日の、あのキラキラしい美青年に奪い取られて彼と一緒に消えてしまったスマホに見えた。
『バルーンに入ってたって事は、ひょっとして・・・。』
スマホの電源を恐る恐る入れてみる。パスワード・・・。分からない。
仕方が無いので、隣で眠ったままの親友の右手の人差し指を借りた。
『ごめんね、春ちゃん。勝手に開けるね。』
果たして、軽い起動音と共に、スマホの画面が切り替わった。
待ち受け画面に設定されているのは、春日と橘花と武流。テーマパークに遊びに行った時に、大和に撮ってもらったものだ。彼らはよく四人で遊びに行ったが、写真に写るのを嫌う大和が大抵、撮影者になる。この時も、交替で公式キャラクターと一緒に写ろう、と誘ったのにのらりくらりと躱されてしまった。結局、橘花のスマホには自分と武流の写真が大量に送られて来た。
楽しかったあの日を思い、少しだけ心が浮上した。
今、橘花は、泉の横に用意された天蓋のソファーベッドに眠る春日の枕元に座っている。外に人の気配はするものの、天蓋の中には二人だけだ。
後から現れた落ち着いた雰囲気の青年が、何か石板のようなものを見ながら、片言でコミニケーションをとろうとしてくれたが、誰かに呼ばれて慌ただしく立ち去ってからは、ここを訪れる者はいない。
スマホの画面を春日の寝顔に向ける。顔認証システムが上手く反応してくれるかは、分からなかったが、どうやら問題は無かったようだ。
メッセージが一件だけ入っていた。
「大和ちゃん・・・。」
ドキドキしながら、アイコンに触れる。
〔春、無事?必ず助ける。待ってて。橘花、武流兄が怖いから早く戻ってきて。〕
可愛い猫が涙目で両手を組んでお願いのポーズをしているスタンプが貼られていた。
こんな状況なのに思わず笑ってしまう。そして、涙がこぼれた。
「大和ちゃんってば。」
ユーモアに溢れ、どんな逆境でも笑い飛ばして、軽々と乗り越えていく友人が、橘花を心配するあまり暴走している彼女の恋人を上手くコントロールしてくれているのだろう。
お互いに長年の片思いをしていた二人が、やっと両想いになった後、武流がプレゼントしてくれたピアスにそっと手を触れる。
ラノベでよくある恋人がお互いの色を纏う、と言う愛情表現は黒髪黒目の日本人には難しい。ならば、表意文字である漢字を使おう、と武流が提案したのが、御影石の橘の花を模ったピアスだった。
さすがに墓石にも使われる御影石をアクセサリーにするのは止めてあげて、と必死に止めた春日のおかげで、代わりにブラックオニキスが選ばれた。魔よけの効果もあるから、と引きつった笑顔でブラックオニキスを勧めた春日に、仕方ない、と大きなため息を何度もつきながら、御影石を諦めてくれたのだ、とこっそり春日が教えてくれた時、橘花は御影石でも良かったのに、と最愛の人の名前と同じ石を身に付けられなくなったことをちょぴり残念に思った。それを言うと、春日の努力を無駄にしてしまうので、黙ってはいるが。だが、それでも嬉しいと思ってしまう。
お互いの右耳に付けたお揃いのピアスが、御影橘花の名前にかこつけた世界に一つの物なのだから。




